京都SFフェスティバル2020レポート

大野万紀


 今年の京都SFフェスティバルは、新型コロナの影響で例年と大きく様変わりし、会議室やさわや旅館ではなく、DiscordとZoomを併用するオンラインで、9月19日の夕方から開催された。参加費は無料。本会にあたるものはなく、例年であれば合宿企画にあたる各企画が、時間割に沿って別々のZoom会議室で開かれ、参加者はDiscordの掲示板を確認しては、見たい企画に参加するという形である。
 実際に参加してみるとこれが大変うまく運用され、ITに慣れた参加者が多いせいか、自主的に様々な会議室やチャットルームが立ち上がって、あの大広間の雰囲気さえもきちんと再現できていた。寝部屋まであったようだ。これは大成功だったといえるだろう。もしかしたら、コロナがおさまってもこういう形式が当たり前になるのかも知れない。
 企画は時間ごとに区切って開かれるので、見たい企画が同じ時間帯にあると同時には見られないのは従来と同じ。でもオンラインなので、出たり入ったりはリアルよりもずっとカジュアルにできる。そして部屋に入りきらないということもなく、何十人でも参加できる。
 ロビーでたむろし、久しぶりに会う人とまったりと雑談をするという、生身ならではの楽しみはないが(あんまりそれやってると、ゴロだといって嫌われるよ)、チャットでもある程度は再現できる。同じ時間に同じ空間(電脳だけど)を共有しているということが重要なのだろう。
 しかし水鏡子のいない京フェスは、今回が初めてではないだろうか。
 以下は、記憶に頼って書いています。もし間違いや勘違い、不都合な点があれば、訂正しますので連絡してくださいね。

蛸井さん らっぱ亭さん H.masaさん

 最初に参加したのは、SF研の後輩、H.masaさんが出ていることもあって、「ここまで訳した『××××』の逆襲」へ。
 これは昨年の京フェスで、台風のため参加できなかった蛸井さんのリベンジ企画でもある。
 キース・ロバーツ『モリー・ゼロ』ここで販売しています)をついに翻訳した蛸井さん。特筆すべきは、ファン出版でありながら、きちんとエージェントとやりとりして版権を取得していること。
 特別なつてもない個人が、今回どうやって版権を取ったかというと、ロバーツの本を出しているWildside Pressに連絡してみたら(サイトの質問フォームへエージェントを知っていたら教えてくださいと書いた)返事があって連絡がついた。最初は無料では難しいということだったが、プロではないのでということで普通の半額くらいで話がついた。契約書はPDFにサインして互いに交換すればOK。まずはエージェントを探すことが大事。
 その昔、SF研でジャック・ダンの個人特集を出そうとエージェントにエアメールを送ったが返事が返ってこず、翻訳はほとんどできていたのにお蔵入りになってしまったという苦い経験があるとのことだった。
 らっぱ亭さんが言うには、版権管理が厳しくなって大学生の翻訳が出しにくくなっている。ラファティはローカスが一括管理しているけれど、古い作家の場合、交渉先もわからない。
 蛸井さんが、名古屋のイベントで中村融さんは、明らかに版権が切れるまで待つのだと言っていた話をする。
 らっぱ亭さんによれば、週末翻訳クラブ「バベルうお」でも『BABELZINE』(全て著者からの許可済み)、依頼した中の5編中1編くらいしか版権が取れなかったそうだ。アリサ・ウォンの短編も版権依頼が断られた。向こうで短編集が出るのかも知れないとのこと。
 それから各自の翻訳の苦労話。
 らっぱ亭さんが、機械翻訳は試してみましたかとの問いかけに、蛸井さんは、話題のDeepLを試してみたらとんでもない翻訳になったという(そりゃそうだろう)。
 らっぱ亭さん自身も、アニタを試してみたが日本語にならなかった。ロバーツは無理だ。アニタのおばあちゃんの言葉が訳せない。あれがなければ翻訳が出せたかもと(確かにそうだ。ぼくも苦労したけど、浅倉さんもあそこは難しかったとおっしゃっておられた)。
 蛸井さんは、『モ.リー・ゼロ』は「アニタ」ほどでもなかったが、やはりそのまま訳せないところがある。歯の抜けたおばあちゃんの言葉とか、推測しながら訳した。『モリー・ゼロ』を訳していて見つけた、Gypsies of Britainという本があって、それで登場人物の言葉がわかった。ネットの威力だ。
 H.masaさんは、アルジス・バドリスを訳そうと思っているが、kindle版がない。訳しているとこいつ宇宙人ちゃうかというようなおかしな文章があるとのこと。
 H.masaさんは、ジャック・ヴァンスをもう少し何とかしたくて、訳そうとしていると言う。そして懐かしの「THATTA文庫」の話が出た。
 THATTA文庫はもう40年近く前、1985年から数年間、米村秀雄が中心となって出していた翻訳のコピー誌。大野万紀や古沢嘉通、大森望や中村融も参加していた。H.masaさんもイアン・ワトスンやリチャード・マッケナ、ケイト・ウィルヘルムなどの短篇を訳していた。もちろん当時のことだから版権なんて取っちゃいない。なのでここで詳しくは書けません。確かにインターネットの時代になって、ずいぶんとファン翻訳を取り巻く状況が様変わりしたなあと思います。

 「大広間」の雑談を覗いたり、風呂に入ったりして、次に参加したのは、東京創元社の石亀さんが語る「東京創元社と最新海外SFを語る部屋」
 石亀さんが担当している海外SFの話。短編やアンソロジーに力を入れたいとのこと。海外のアンソロジーはとてもぶ厚いので、もっと手軽なのはないかと探したのが『スタートボタンを押してください』。
 来年もアンソロジーを出そうと思っていて、まずはパワードスーツSFのアンソロジー。ジャック・キャンベルらのミリタリーSF系とアリステア・レナルズなどが収録されていて、春には出せそう。カバーは加藤直之さんにお願いする予定。
 一から海外アンソロジーを編むのは大変で(一人でも版権が取れなかったらおしまいだから)、海外のものをそのままパッケージで訳すのが早い。
 会場からは、戦車SFアンソロジーを出してという声。
 ピーター・ワッツのノベラを来年早い内に出す。「巨星」の前日談で、嶋田さんに頑張ってもらっているが、なかなか大変。230ページほど+短編。これまで語られていた「反乱」(1世紀に数日くらいしか起きていない人たちが200万年くらいかけて起こす反乱)が描かれる。
 『オベリスクの門』(ジェミシン『第五の季節』の続編)が出る。主人公と娘の二人の視点から描かれる。
 『ナインフォックスの覚醒』の続編も出したい。3作目できちんといいオチがついている。きらびやかないいスペースオペラ。
 『マーダーボット・ダイアリー』の続編『ネットワークエフェクト』は来年夏くらいに出る。あの宇宙船がまた出てくる。相変わらずのぼやき節が聞けるそうで楽しみ。
 残念ながら続きの出せない悲しいものもけっこうある。新キャプテン・フューチャーは4話中の2話くらい出ているが、ちゃんと終わるのかまだわからない。
 石亀さんの注目作。『空のあらゆる鳥を』のチャーリー・J・アンダーズの新作は、整理がついていないところもあるが面白い。
 環境テーマのアンソロジーがある。気候変動SF。Climate Fiction と呼ばれる。でも日本とは自然災害に対する感覚が違うような。
 話題の新潮流<ホープパンク>は『銀河核へ』もそうだが注目。
 ちなみに〈ホープパンク〉hopepunk とは、去年の「英語圏SFの部屋」でも話題にあがった言葉だが、橋本さんのツイッターでの説明によると「アレクサンドラ・ローランドさんの2017年の発言が初出で、ここでの例えでは「コップは半分も空だ」という冷笑やニヒリズムに対抗する態度「そんなことはない、コップは半分も満ちている」だと」いうことです。
 ロードスター賞受賞のナオミ・クリッツアーはYA,YAしすぎていてもうひとつ。YAの悩みが日本とは違いすぎている。
 年間傑作選はアブリッジできない。全部訳さないとだめで全部訳すと800ページ超えになってしまう。
 サラ・ピンスカーの、パンデミックで集会が禁止されている世界で非合法なライブハウスをやる話(コロナの前に書かれた)は、竹書房から出るが、とても面白かった。
 中華SFはケン・リュウ次第なところがある。中国語から直接訳せる訳者が少ない。
 東南アジアはフォローできていないが、マレーシアのゼン・チョウは良い。
 韓国SFは早川から短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』が出ると、早川の井出さんから発言があった。
 ハイカソルは止まってしまったので、日本SFの翻訳ルートが少なくなった。
 それに対して、勝山海百合さんから、「海外SFになりたい」人は、5枚〜15枚くらいのすごく面白い日本語の小説を書いてnoteなどアクセス可能なところへ載せて連絡先を明記してください。Toshiya Kameiさんが翻訳してくれます、との話があった。確かに、岡本俊弥の「時の養成所」もそのルートで翻訳されるとのことですね。

 最後に参加したのは、恒例、橋本輝幸アニキの「データで見る世界SF、間近でしか見えない世界SF」
 橋本さんは犬のアバターで参加。犬の橋本さん。5分前までFutureConで藤井太洋さん、池澤春菜さん、チョン・ソヨンさん、ゴード・セラーさんと1時間話してから間をおかず登壇で、ぜんぜん用意ができていないし、深夜ラジオ的ゆるゆるテンションになりさがりますがご了承ください、とのこと。
 以下、発言メモから。
 SFコンベンションについて。ワールドコン、今年はニュージーランドで開かれたがコロナのせいでオンライン大会となった。
 ヒューゴー賞が始まった1953年のワールドコンはPhilcon2だが、参加者750人。この時矢野徹さんが参加している。1957年のロンドンでの大会は268人。60年代終わりから千人を超えるようになる。80年代には4〜6千人になる。2007年の日本は3千人。
 今年の候補地選考はサウジアラビアとアメリカで、サウジの政治的リスクからアメリカになった。来年の選考は中国が候補だが、これも政治的に難しいかも。
 オンラインであれば敷居が低い。リアル大会は危険もある。特に女性には。
 ビザの問題。インドの作家がSF大会のためにアメリカに行こうとしてビザが下りなかった。ビザが取れてアメリカへ行っても警官にカーストは何だと聞かれたりイヤな目にあった。今はアメリカへ移住した。ナイジェリアの作家がワールコンへ行こうとしたときもビザが下りなかった。
 ワールドコンをどこで開くかというのは問題。そういう意味では日本は安全なのでまた開かないかという話も出ている。
 ワールドコンの男女比は参加者名簿を見て性別を想定していたが、今はその手法は難しい。
 2014年のロンドンで7千人ちかくになったがでかい箱とそれを支えるスタッフが必要になってきている。人多すぎ問題もあり、今後はオンラインが中心で一部を箱でやるみたいな形になるのでは。
 SF界のリアルタイムな動きは、受賞作を読んでファンの動きを知るより、毎日それぞれの国のタイムラインを追うことでわかる。
 気象変動SFのように現実と連動するSFへの動きと、オールドSF、黄金期SFを愛する人との違いが出ている。
 テッド・チャンが日本のワールドコンに来て、読んでくれる人がこんなにいたと感激したりとか、イーガンが今年の星雲賞受賞にすぐ反応したりとか(エゴサーチするイーガン)。
 SFのコミュニティが英語圏と日本で異なってきている。英米ではSFがファンタジーやホラーと一体化している。
 外国のはやりに乗っかる必要は無い。60年代のSFの方が現実政治との接続はあったかも知れない。例えばジョン・ヴァーリイへとつながるような。
 オールドスタイルへの回帰傾向。中国SFにも見られる。人それぞれ。かつてのサイバーパンクのようなトレンドへの一極集中はもう起こらないのではないか。
 ニュージーランドでは毎年ニュージーランドの国内大会で、Sir Julius Vogel Awardがある。今年の候補者は若い人が多く、マイノリティに属する人が多かった。
 レトロヒューゴー賞の授賞式とSir Julius Vogel Awardの授賞式が1つの枠で行われて、時間配分がうまくいかずに、受賞者が怒っていた。ヒューゴー賞の授賞式はジョージ・R・R・マーティンが司会をしたが、過去のSFの話を延々としていた(ニュージーランドでは知られていないだろうと思ったとのこと)。そういう昔は良かった的なトリビアと、新しい作家たちの思いとが断絶している。その共存をどうするのかというのも気になっている。誰のためのコンベンションなのかということが問題になっていた。
 活躍著しいのはインド。ヒューゴー賞に2人候補になった。英語圏での短編SF・ファンタジーにおいて、インドとブラジルの作家が目立つ。ただここ1年くらい、ツイッターからインド作家の数が減っているように見えるのは政治的にツイッターから退去していったからだろうか。
 英語圏に売り出そうとしているのは中国の女性作家たちも同じ。TORから中国女性作家のSF・ファンタジーのアンソロジーが出る。世界的に「魔道祖師」が当たっていることもある。今われわれの知っている中国SFとはまたパースペクティブの違う作品が出てくる期待がある。
 インド作家は出身地の言語によって違いがある。ウルドゥー語圏はSFの古典がないので科学的作品よりファンタジーが多い。ベンガル語圏は昔からSFがあった。それはイギリスの影響といわれている。

 というわけで、企画の終了は24時。アナウンスがあって、企画自体はダラダラと続くことはなくキッパリと終了。でも残った人たちは深夜遅くまで「大広間」サーバーや謎のサーバーでうだうだと深夜遅くまで話し込んでいたそうだ。麻雀部屋さえあったという(どうやって?)。いやはやご苦労様です。

 今年も形式は違うといえ、いつもながらの楽しい京フェスを堪能しました。実行委員長はじめ、スタッフのみんな、ありがとうございました。また来年もよろしくね。 

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