内 輪   第422回

大野万紀


 誰かと違って書庫なんてもっていないので、部屋がすぐに本でいっぱいになる。歳を取って読むスピードも落ち、ひと月に3~4冊がせいいっぱいです。去年から紙の本を買うのをできるだけ減らして電書があるなら電書を買うようにしているのですが、PCで読む分にはいいけど、スマホだと画面が小さくて読みにくい。そこでAmazonで大幅な安売りをしていたのを機会にkindle paperwhiteを購入しました。昔見たのはかなりモッサリした印象だったのに、これはサクサク動いてストレスなし。もちろんバックライトはなく紙と同じように読めるので目も疲れません。文字も大きく出来るし、付箋をはったりメモもとれる。検索もOK。欠点はkindleで買った本しか読めないことと、モノクロなことですが、ぼくが買っている電書は多くがkindleなのであまり問題はありません。小説中心なのでカラーじゃなくてもいいし。ということで、少しは本を読むスピードがあがるでしょうか。でもまあ読むのが楽になっても、脳みその方の速度が落ちているのであんまり変わらないか。ホント、津田文夫さんはどうしてあんなにたくさんの本が読めるんでしょうね。うらやましい。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
 なお、短篇集についても原則として全部の収録作について途中までのあら筋を記載しており、ネタバレには注意していますが、気になる方は作品を読み終わった後でご覧になるようお願いいたします


赤野工作『遊戯と臨界 赤野工作ゲームSF傑作選』 創元日本SF叢書

 2025年3月刊行の短編集。カクヨムに掲載された作品を中心に書き下ろしを含む11編が収録されている。

 「それはそれ、これはこれ」はよくできた宇宙SFだ。プロキシマ・ケンタウリの軌道にあるショップで中古のゲームソフトを買った宇宙船乗りが、「クソゲーだ!返品するから金返せ」とカスタマーセンターにクレームを入れる。宇宙船乗りは長期間一人っきりで貨物を運ぶため、退屈しのぎになると進められてこのシューティング・ゲームを買ったのだが、画面は見にくく、BGMは騒音のようで操作性が最悪だったという。以後、彼とサポート(AIだろう)との通信が交互に続くのだが、サポートはご迷惑をおかけして申し訳ありませんと丁寧に謝りつつ彼に細かな質問事項を投げかけてくる。なぜそんな質問が必要なのだろうと思えるものまで……。それが何のためだったか明らかになる結末は鮮やかで、似たようなことは現実にもあるんじゃないかと思わせる。サポートの口ぶりもいかにもありそうなものだ。面白かった。

 「お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ」は『NOVA』で既読。格ゲーで数フレームを争う戦いを繰り広げていたライバルの二人が、老人となってまた対戦する。ただし、こちらは地球の施設に入っており、相手は筋力低下のリハビリのため重力の小さい月に移住しているのだ。ゲームで対戦するには月と地球の距離による大きなタイムラグが発生する。ミリ秒が問題となる対戦など不可能なはずなのに……。物語は最初の対戦後、ひたすら地球側の老人の愚痴まじりのひとりごと(通信で相手に向かって話している体だが)がほとんど区切りなく延々と続く。年寄りが昔を思いだしながらとりとめもなく繰り言を言っている感じだ。だがそれが面白い。タイムラグを克服するのはよく知った対戦相手がどんな状況の時どんな技をどう繰り出してくるかを細かく見定めて予測することだ。相手の心理状態を考え効果とリスクを判断し、その瞬間で最適と思われる行動を取る。頭の中でシミュレーションを繰り返すそのありさまが解像度高く迫ってくる。そして結末。悪友同士の意地の張り合いがどうなったか。

 「「癪に障る」とはよく言ったもので」はショートショートのワン・アイデア・ストーリーだが、よく出来ていて面白い。海底ケーブルの運用と保守をする会社の入社式で、担当者がこの会社の成り立ちについて新入社員へスピーチする。もともとこの会社は彼と社長と数人で始めたオンラインゲームの会社だった。それがなぜ今海底ケーブルの会社になっているのか。そこにはまさかと思える哀しい物語があったのだ。笑うに笑えない物語。一生懸命作ったゲームがこんな形で使われるなんてと、話しながら彼は思わず涙してしまう。それには共感するが、一方で海底深くで今行われていることを想像すると、ちょっとほっこりして笑えてくるのだ。だって何だか可愛いじゃありませんか。

 「邪魔にもならない」はファミコンの古いアクションゲーム「スペランカー」を6分でクリアしようとする主人公の苦闘をまさにリアルタイムに描くストーリー。ゲームの世界でリアルタイムアタック(RTA)と呼ばれるやり込みの話だが、何秒でAボタンを押してと、秒単位の動作がそのまま描かれていてそのスピード感と焦燥感が伝わってくる。このゲームは主人公最弱と言われているくらいで主人公がちょっとのことですぐ死ぬとても難易度の高いアクションゲームなのだ。しかもファミコン版だから色々とクセがある。だがどうも様子がおかしい。主人公はどうやら病院に入院していて病室でこのゲームをやっているようだ。そして周囲から様々な声や音が聞こえる。指が痛み、足が痛み、唇には血がにじむ。だが邪魔にもならない。誰かと対戦しているわけではなく、自分との戦いだ。やがて状況は次第にわかってくるのだが、こんな状況でも命がけでゲームに挑むゲーマーの孤独な恐ろしさ……。

 「全国高校eスポーツ連合謝罪会見全文」はタイトル通り、近未来の高校eスポーツ大会で選手退場の処分を下した審判の判定が不当だったと謝罪する理事長の記者会見と質疑応答の一部始終である。退場処分を受けた選手のやった行為とは、負けた選手を侮辱したように見える行為で、文中何度も具体的な呼び方が出てくるが長いのでティーバッキングとだけしておこう。検索すればわかるが、これは実際に対戦ゲームで相手を侮辱する意味で使われる性的な意味を含む行為である(他に「死体蹴り」というアクションにも言及されている)。しかしゲームによってはそれらを戦術や技として使うこともあり必ずしも侮辱行為とは限らないのだそうだ。ここではそれを一律に反則として退場処分にしたことが間違っていたと謝罪しているのである。それだけならふ~んという話だが、その裏にマシンの性能が低かった時代からのゲーム対戦の歴史的な背景が存在しており、そこが面白かった。謝罪会見一般を揶揄するようなところもあるが、そこは普通すぎていま一つ。

 「ミコトの拳」はショートショート。その主人公は武道家の娘、14歳のミコトである。彼女はなぜかこの世界が男性向け恋愛シミュレーションゲームの中にあり、自分はその1キャラクターだと信じ込んでいた。そんな状況から脱して自分が自分だと認めるには、大岩を正拳突きで砕かなければいけないと(道場主である母親から言われて)毎朝大岩に向かっていったのだ。周囲も今にこの子はやると応援し、そして高校に進学したミコトは……。何というかひたむきなパワーは感じるが、そもそもどうしてミコトが自分は恋愛シミュレーションゲームのキャラクターだと思っているのか、そこんところはよくわからない。

 「ラジオアクティブ・ウィズ・ヤクザ」もショートショート。伝統ある博打打ちの一家の男が、放射性物質を違法に所持していたことで警察に追われている。彼はなじみのある刑事に手紙を書いて告白する。放射性物質を持っていたのは、それでイカサマ賭博をしていたというのが本当だが、敵対するヤクザを暗殺しようとしていたのだということにしてほしいと言う。そうしてもらえれば博徒として筋を通したことになるのだ。放射能のために今では体がボロボロになっていて、もう先は長くない。そしてそのイカサマの手口とは……。アイデアよりも語り口が面白い作品。

 「これを呪いと呼ぶのなら」はホラー味の強い中編だ。主人公はネット雑誌にゲームの紹介記事を書いていた男だが、過去の記事で炎上経験があり、しばらく現場から遠ざかっていた。その彼に編集部から「呪いのゲーム」と噂のある中東が舞台のゲームをプレイして記事を書かないかとの依頼がきた。その噂を調べてみてもゲーム後にあった事故やボヤ騒ぎなどちょっとしたことを呪いと言っているだけでそれほど大したこととは思えない。このゲームは脳に接続して疑似記憶を挿入する(終了後には無効化される)〈ブレインストール〉タイプのゲームである。そのことが不安を呼んだのかも知れない。実際プレイしてみる。設定で恐怖の対象を選べる。車、火、水、暗闇、高所など色々ある。選択すると「あなたの脳に水に対する恐怖をインストールしました」と表示され、始めは何ごともないが不意にぽつりと水が当たり雨が降り出すとびしょ濡れになる不快感、それがどんどん高まり水への恐怖に気が遠くなっていく。だがゲームオーバーするとその恐怖は霧消する。記憶の削除は危険を伴うので、このゲームでは終了時に挿入した記憶を無効にするような新たな記憶が上書きされるようだ。これをどんな風に記事にするかで頭がグルグルする。色々な文章を考えるがどれもまずいような気がする。まだ選択していないものがあった。それは選択肢のバグで選択「無し」を二度選ぶと空白(null)になってしまうというものだ。彼は「空白」を選択してみる――。何ごともない? だが、ゲームがもたらす恐怖と自分の過去の経験がもたらす恐怖が共鳴しあい、何十回もプレイした彼は次第に狂気にむしばまれていくのだ。実際これはかなり怖い。

 「本音と、建前と、あとはご自由に」では、あるVtuberが配信したゲームプレイが反政府活動に利用され内乱を招いたとして、某国の法廷で国家転覆罪などの罪に問われている。本人は政治的意図は全くなくてただゲームが面白かったのでやったと話している。そのゲームの背景や配信中の本人の煽り言葉を指摘されても、面白いからいつものVtuberのノリで調子に乗っただけで、そのような背景は知らなかったと答える。だが状況からは反政府活動に利用されていることを知っていながらもアクセスを稼ぐことを最優先していた様子がうかがえる。とはいえ、深く考えずにノリだけで突っ走ったという面も明らかにあるようだ。それを考慮してか、国家転覆罪だけではなく著作権法違反の方でも裁かれるのだが、最後に一言といわれ、何と――。自分のことしか考えず回りの状況を理解しようとしないそのノリが本当にありそうで恐ろしい。

 「〝たかが〟とはなんだ〝たかが〟とは」はとてもよく出来ていて面白かった作品。ソ連崩壊の直前に、西側への「手土産」をもって脱出を図ったソ連科学アカデミーの主任研究員が主人公。彼はコンピューター技術者だったが、気難しくてプライドが高く、他人の研究を〝たかが〟と言いがち。別の研究員の作ったプログラムコード(「遺伝子工学」と呼ばれている)を複製して持ち出し、西側の諜報員へ亡命の代価として渡そうとしているのだ。現れた諜報員はこのプログラムによって人格破壊をもたらすような洗脳技術が得られると喜ぶが、彼はそれを〝たかが〟と呼び、それほど大げさなものではないと言う。手土産の価値を下げるような彼の言い方に諜報員はいぶかる。諜報員がカーオーディオで流す行商人を歌ったロシア民謡が彼の耳にはうるさく聞こえる。このあたり、後で真相が分かったときの「ピッタリはまる」感覚が素晴らしい。もちろんアレをやったことのない人にはピンとこないだろうが(一応作品の中で説明はされている)。ちょっと怪しい陰謀論に染まった諜報員と彼との行き違いも面白い。さらに別の諜報員が現れて話はエスピオナージュというよりドタバタコメディの様相を呈する。こっちもまた別の陰謀論――これにより兵士の認知力を超人なみに上げる――にはまっている。だがついにハンガリーの国境で亡命者を相手にしている若い警備兵は彼の持ち込んだものをあっさりと問題ないと認める。なぜなら彼らはすでにそれを知っていたからだ。この皮肉。この作品がどこまで実際にあったことを反映しているのかはわからない。だがあのソ連から突然現れて世界的な大ブームを巻き起こしたアレを知っているなら、この面白さは抜群だ。読み終わっても思いだしたあのメロディが頭の中をグルグルまわって終わらない。困ったもんだ。

 「曰く」は書き下ろしの中編。ゲーム配信をしている主人公が雑談として怖い話をすることになり、孤独死した面倒くさい先輩ゲーマー、ガタさんの話をする。主人公は身寄りのないガタさんの葬式をゲーム仲間としたのだが、他の連中がいいかげんなので、本家が寺だった彼が覚えていた般若心経を唱えたのだ。ところがガタさんは成仏しなかったようで、それ以来主人公の彼の周りで怪奇現象があいつぎ、ついには鳥のような妖怪の陰摩羅鬼(おんもらき)となって夢に現れるようになる。そして彼のゲームについて生前そのままにあれこれと叱咤するのだ。ガタさんに憑かれている、祟られていると仲間が祈祷師を探してくれたが全くお手上げ(zoomでお祓いするなんて初めて聞いた。本当にあるのかしら)。そんなことが彼の身にずっとつきまとうようになったが、でも長く続くと初め怖かったものがもう慣れてしまってそんなに怖くはない。今回の配信でゲームがうまくいかなかった彼が視聴者にその話を始めるとコメント欄には様々な反応があり、関係者も出てくる。そして(実際にか彼の頭の中だけかはともかく)ガタさんもそこに加わってくるのだ。後半では般若心経をゲームの言葉で話す(でないとガタさんには伝わらないから)ということになり、そんな無茶振りも面白くてよく出来ている。オンラインでのコメント欄もそれっぽくてリアルだ。でもちょっと長すぎる気がした。ところでガタさんが得意だったゲーム「ゼイリブ」って本当にあるのかしら。カーペンターの映画しか知らないのだが。


アレステア・レナルズ『反転領域』 創元SF文庫

 2025年7月刊行。訳・中原尚哉。解説・渡邊利道。レナルズは2005年から2008年に辞書みたいにぶ厚い長編が3冊と短編集2冊が立て続けに出た〈レヴェレーション・スペース〉シリーズで古いファンには知られているが(「ニュー・スペース・オペラ」というムーブメントもあった)、その後は長編の翻訳がなく、SFマガジンやアンソロジーに中短編が何編か訳されるのみだった(でもどれも面白く「ジーマ・ブルー」は星雲賞を受賞している)。2022年に発表された本書は久々の長編翻訳で、シリーズものではなく1冊で完結しており、長さも適当で読みやすい。そしてこれがまた傑作SFなのだ。

 SF文庫から出ているし帯にローカス賞候補作の「超絶展開SF!」と書いてあるので、「SF」として読み始めるのだが、物語はSFはSFでもベルヌかウエルズのようなレトロな冒険ものとして始まる。
 時は19世紀初め。舞台は北極に近いノルウェー沖のフィヨルド。ロシアの大富豪トポルスキーがチャーターした帆船デメテル号が極地探検に向かっているところだ。目指すのはフィヨルドの奥にあるという未知の”大建築物”。主人公は船医として乗り込んでいる外科医のサイラス・コード。彼はイギリスの田舎の学校で医学を学んだが、このところ怪しげな悪夢に悩まされている。彼には空想物語を書く趣味があり、船員にそれを読んで聞かせるのだが、みなそれが面白いといい、早く続きを書いて欲しいという。だが悪夢のせいかスランプ気味で続きになかなか手がつけられない。トポルスキーが連れてきた探検隊には地図製作者で数学の得意な(しかし働き過ぎでちょっとあっちに行きかけている)若きレイモン・デュパン、屈強な警備担当のラモス(通称”大佐”)、言語学者だという淑女エイダ・コシル、それに器具製作のブリュッカーがいる。コシルはこの船の紅一点だが、コードの言葉に何かといちゃもんをつけてくるお嬢様だ。デメテル号の船長はファン・フェフトという経験豊富で実直な人物。トポルスキーの秘密主義と傲慢さには反感を抱いている。こういった登場人物が物語全体に関わってくるのだが、重要なのはコードとコシル、そしてラモスとデュパンだ。彼らはみんなキャラが立っていて冒険ものとして楽しく読める。彼らは先行して難破したエウロパ号を見つけ、そしてついに彼らの前に”大建築物”が姿を現すのだが――。

 そこから話が二転三転していき、ついには驚くような結末へと続く物語なのだが、さすがにネタバレせずに書くのは難しい。なるべく気をつけて書くつもりだけれど「ここから先はネタバレ注意」としておこう。渡邊さんの解説にも「読了後に目を通すように」との注意書きがある。まあわかる人にはタイトルと表紙絵だけでも検討がつくのだけどね。

 表紙には加藤直之さんの絵で、帆船と”大建築物”、それに飛行船や気球が描かれている。海外版ではそこにズバリ宇宙が描かれているものもある。実をいえば本書では主なキャラクターとシチュエーションを共通に、時代と舞台を変えた物語が何度も繰り返されるのだ。そのたびにコードは死んでリセットされることになる。と書くと、SFに慣れている人は何だそんな話かと思うだろうが、そこに幾層にもヒネリが効いていてとても面白いのだ。とりわけコードとコシル、そしてラモスとの関係性が強く心に響くことになる。最終エピソードの哀しく切ないが、それでも甘やかで幸せな結末がとても良かった。レナルズはキャラクターの扱いがとてもうまい。そして〈レヴェレーション・スペース〉シリーズでもそうだったが、ホラー小説ではないものの強いホラー風味もしっかりある。ストーリーはリセットものだが、実は時間はリニアに継続していて並行宇宙でもない。そこは科学者でもあるレナルズのこだわりかも知れない。〈レヴェレーション〉でも超光速の存在しない大宇宙スペースオペラという荒技をこなしていた作者だから。

 SFファン交流会で訳者の中原さんが話していたが、真の主人公といってもいいコシルの口調を訳すのにはずいぶん気を遣ったとのことだった。彼女は物語の中でキャラ変し、口調が変わる。それは声で聞けばはっきりわかるだろうが原文はほとんど同じなのだ。そこでわざと「小悪魔的」といった表現を入れたりしたという。実際ずいぶん魅力的なキャラだった。また”大建築物”の正体についても、デュパンがしきりにトポロジー的な「球の裏返し」という発言をしていたが、そこはさすがに本職の物理学者だった作者のこと、しっかり元ネタがあり、ネットで"Sphere eversion"を探るとそれらしい動画や図形が出てくる。円城塔の『Boy's Surface』もそうだったが、こういうのも面白い。後、コードが書いている空想物語も物語内の物語として(いかにも懐かしいレトロSF調)楽しいし、それが本編と関わってくるところも良かった。


エミリー・テッシュ『宙(そら)の復讐者』 早川書房

 2025年8月刊行。訳・金子浩。訳者あとがきあり。基本はミリタリーSFだが、軍事独裁で基本的人権も無視のガイア・ステーション(作者の専門とする古代ギリシア、スパルタの社会を意識したとのこと)で、その思想にそまって育ったた主人公の少女、キアが、新しい世界に触れて(本当にごく少しずつだが)変わっていくという話だ。性差別や虐待といった、そんな現代的な問題意識が派手なアクションや思いがけない展開と重なっていて、学園もののエンターテインメントとしても十分に楽しめる。実際、普段読むのが遅いぼくもほとんど一気読みできた。

 人権無視の軍事独裁の世界でそれに適応している主人公ということで、ちょっと身構えたが、想像したよりは大人しめだった。以前に読んだピアース・ブラウン『レッド・ライジング』シリーズの火星みたいな強烈さはない。

 地球は異星人、マジョ人(というが、異星種族の連合体で、異星人の銀河連盟みたいなものか)に破壊された。4隻の戦艦で脱出した人類の一部は他の恒星を巡る小惑星にガイア・ステーションを作り、そこで復讐を果たすための厳しい集団生活を送っている。主人公の軍国少女ヴァルキア(キア)はガイアの信条を心から信じ、戦闘員としての訓練で優秀な成績を残している。だが姉のアーサはずっと前に裏切り者としてステーションを去っていき、優秀だがどこか体制に懐疑的だった双子の兄マグスも任官を拒否してガイアからいなくなった。彼女自身も尊敬していたステーションの司令官ジョールの指示で、あこがれの戦闘部隊ではなくステーションに優れた遺伝子をもつ子孫を残すためのナーサリーと呼ばれる事実上のハーレムに配属されることになる。キアはマグスの友人だったシステムの天才アヴィ(禁じられている同性愛関係があったようだ)の手を借りて、人類の敵、捕獲されたマジョ人の宇宙船を奪い、捕虜だったマジョ・ジ人(マジョの創始種族)のイソと共にステーションを脱出する。

 そして彼らは初期にマジョに降伏した人類の植民星クリソテミスのレインゴールドの街にいる。
 レインゴールドの街でマグスを探すキアは姉アーサの子アリー(どう見てもジョール司令官の子だ)と出会う。その家でアーサと出会い、彼女からガイアの真実を知らされる。だがその衝撃にキアは反発する。アーサもマグスも特殊任務で敵地に潜入しているのだと思い込もうとする。それともアーサはやはり人類の裏切り者なのだろうか。そこにマグスが帰って来る。キアはマグスとマグスは再会し心から喜び合う。だがキアが「任務」の話をするとマグスはそれを否定するのだ。二人とも裏切り者なら任務は一人で行わなければ。キアはマジョ・ジ人〈叡智(ウィズダム)〉の王子がこの星にやってくることを知っていた。キアは一人で人類の大義を果たそうと考える。
 キアは太古に遺棄された〈ウィズダム〉の施設に潜入するが、地下の洞窟で猛獣に襲われマグスに助けられる。マグスは負傷するが、二人の前にアヴィが現れ自分は王子が来て〈ウィズダム〉を復活させる前にそれをハックして支配するのだという。〈ウィズダム〉は仮想世界を作り出す。だが〈ウィズダム〉にできるのはそれだけではなかった。仮想世界とはもう一つの現実そのものだったのだ……。

 ここから先、物語はフェーズが変わり、時空を超えた戦いが繰り広げられることになる。ある時間線では地球が救われるが、そのかわりもっと大きな悲劇が起こる。それを防ぐためまた別の時間線へと……。

 いずれも真の敵はキアがおじさんと呼んでなついていたジョールだ。終盤ではガイア・ステーションで同じ寮にいたかつての仲間たちがともに立ち上がり、胸熱な展開が繰り広げられる。とりわけ、寮でキアのライバル的存在だったクレアや、ナーサリーに行くのが当然と思われていた美しく気弱なリサベルが目を見張るような働きを見せるのだ。さらにかつてジョールと行動を共にしていた古株の人たちまで。そして最後にはタイムリミットに追われるサスペンスも……。

 とても面白かったけれど、後半は世界が広がっていてもほとんど主人公たちの狭い範囲しか描かれていないので、〈ウィズダム〉の宇宙的な超越性や広がりがあまり感じられなかったことは残念。むしろそこまで大きな話にしなくても良かったのにという気がする。またこれは個人的にずっと思っていることだが、リブートや並行宇宙で歴史の流れが変わったとしても、それは以前の時間線にいた人とは何の関係もなく、何の解決にもなっていないと思う。そのことには本書でも少し触れられていたのだが。


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