みだれめも
第278回
水鏡子
ちょっとコレクターアイテムっぽい本をみつけた。知る人ぞ知る本であるのかもしれないが、ぼくは知らなかった。
田村真八郎『ユートピアと食生活』(農山漁村文化協会 昭和56年)。もともと雑誌「食の科学」(農政調査委員会編、丸の内出版)に50年12月から56年2月号まで連載されていたもので、古今のユートピア文芸を農政面を鑑みながら紹介していく趣向であった。書籍化にあたっては取り上げた作品を年代順に整理し直したとのこと。半分くらいはまあ普通。プラトン『理想国』を皮切りに『ユートピア』、『ウォールデン』、『ニュー・アトランティス』、『エレホン』、『かえりみれば』、『無可有郷だより』、『失われた地平線』など。サド『食人国旅行記』ハクスレー『すばらしい新世界』などが入ってくるのもまあお愛嬌。しかし現代部分に入るとまあ趣味全開の選択に走る。宮沢賢治に2章を割き、北一輝『日本改造法案大綱』、『家畜人ヤプー』、アル・キャップのコミック『リル・アブナー』の一節、そして『西瓜糖の日々』、『渚にて』、『海底牧場』、『アンドロメダ星雲』、槙敏雄「バカコーン」が取り上げられる。最後のものは『日本SF・原点への招待Ⅰ』に掲載されたものである。
著者は農水省のお役人だったらしいが、同時にしごくまっとうなSFファンなのが伺える。紹介文章のなかにも『トリフィドの日』や『エコトピア・レポート』などの名前が散見する。ユートピア文芸解説書としてもしっかりしているうえ、食生活という視点で他の類書とも一線を画している。
もうひとつ。黒死館附属幻稚園『戦前『科学画報』小説傑作選』(全3冊)
戦前の科学雑誌の雄(だったらしい)『科学画報』に掲載された小説を集めた復刻アンソロジー。ほかにもウエルズの連載を復刻したものなど別冊2冊があるようだ。非常に丁寧な研究書であり、筆名の別名義等についても調査が行き届いていて、3巻目の巻末には全作品リストが掲載されている。足穂、大下宇陀児、甲賀三郎など著名作家も多く、翻訳作品もポー、ウエルズ、ハンス・ドミニク、カート・シオドマクなど36篇に及ぶ。ちなみに参考文献として掲げられているものにはフヂモト・ナオキ「ウィアード・インヴェンション~戦前期海外SF流入小史~」(thatta
online)の名前がある。
新刊本屋が現在状況の空間的展開であるとするなら、古本屋や古本市は経時的集合が見える陳列であるともいえる。本についての住民票制度と戸籍制度とでもいうべきか。いろんなものがまとまってジャンル的時間的蓄積を伴って現出するのが醍醐味ともいえる。ただしブックオフ系はどっちつかずの陳列だったりする。そしてここ数年、明らかにぼくと年齢を前後するSFファンの放出品が固まったかたちでみつかることが増えた気がする。非常にきれいな状態のSFマークの創元推理文庫とか、角川文庫の一連の日本SF作家とか。そしてそれらと一緒に単行本もいろいろと。奥付をみると放出者の年齢が見えてくるのが面白い。
11月の購入冊数288冊。購入金額48,035円。クーポン使用11,200円。
なろう本109冊。コミック12冊、だぶりエラーと買い直し27冊。
新刊は11,363円。『このライトノベルがすごい2026年版』、『昭和39年の俺たち1月号』、『紅色海洋 上下』、『ヒロシマめざしてのそのそと』、『呪いのウサギ』、『ハイスクールハックアンドスラッシュ⑪』など。これに頂き本『暗黒空間』、『宇宙ランド2100』。多謝。
なろうは京都で穴場を見つけ、今年初めての100冊越え。
京都知恩寺、西宮神社、兵庫古書会館の古本市に行く。高額本は5つ。前述『戦前『科学画報』小説傑作選』(全3冊)が4650円。まんだらけで4000円クーポン使用。『ユートピアと食生活』が1000円。現金として単品ではこれが一番高額。単品と断ったのは『少年美術館(全24巻)』の5,000円というのがあるから。アチラ系の本かと少し警戒したのだが単純に中学生向けの世界美術全集だった。よく見ると版元も岩波書店だった。なぜ「少年少女」でなく「少年」なのか謎。ほとんどが開いていない美本状態なのでとりあえず購入。『日本アパッチ族』(カッパノベルズ・初版本)400円。最後はジェイムズ・スティーブンス『小人たちの黄金』400円。残りはなろうを除くとすべて220円以下である。ちなみになろうについては古本市場で440円までのものについては、半額クーポンがあるので220円本としていっぱい買っている。
家にあるのがわかっているのに3冊500円とかでみつけると悔しくて買ってしまうものが多々ある。ハヤカワSFシリーズはその筆頭であるけれど、ほかにも立派な装幀の学術本とかも、月に数千円しか買えなかった時代を思い起こして買い直したりしてしまう。今月だと、ハヤカワSFシリーズで『海底二万リーグ』、『地球は空き地でいっぱい』。阿閉吉男『ジンメル社会学の方法』、西村三郎『リンネとその使徒たち』(裸本の買い直し)、ドゥーガル・ディクソン『アフターマン』(人に貸してかえってこなかった本)など。
220円以下の主な本。
なろう本からは、一片『覇王になってから異世界に来てしまった! ~エディットしたゲームキャラ達と異世界を蹂躙する我覇王~』 (マッグガーデン・ノベルズ)
第12回ネット小説大賞受賞作。ゲーム世界で育成したキャラ軍団を引き連れて転移した異世界で無双する話というのは『オーバーロード』をはじめ、なろう王道のひとつで、出来のいいものが多い。それらに比べるとかなり粗雑で中の下評価。なんでこの程度のものが受賞作になるのかと続きをWEBに読みに行くと、まあ低値安定ながら、じわじわ中の中あたりまで登っていき、ところによっては中の上レベルまで光るところも見えてくる。世界設定の安直さが修復不能であるのだけれど、期待せずに読めばそれなりに楽しめる。覇王としての行動規範とかが説教メッセージとして読み応えにつながり評価された部分かなあとか思ったりする。嫌いではない。書籍化された第一巻はWEB掲載32話までで安直で適当さが目立つものの、そこからそれ以上落ちることなく900話書き綴っている。