内輪 第88回 (95年7月)

大野万紀


 オウム騒動も一段落して、怠惰な日々を送っています。インターネットへしばらく入り浸っていたのだけれど、課金が一万を越えたので、セーブモードに移行。でも週末とかまとめてやってたら、結局はいっしょかな。クリック一発で世界中を渡り歩くという感覚はやはり楽しい。本当にコンピュータネットワークといえるのはインターネットだけだというのは実感ですね。
 子供も小学校高学年になると何かと忙しく、会社の方も去年とは違って仕事がいっぱいで休日出勤もせにゃならず(でももうからない)、今年の夏合宿は不参加になってしまった。去年も法事でいけなかったし、来年は何とか行きたいな。前号のTHATTAの副編後記で、砂浜に佇むテラさんのシルエットがとっても雰囲気が出ていました。SF大会には行くので、それを楽しみとしておこう。

 では、この二カ月ほどに読んだ本から。今回はハイペリオンと怒涛の小野不由美だ。


『残像に口紅を』 筒井康隆
 文庫になったので読んだ(こればっかり)。しだいに音が減っていく所に確かな緊張感があり、サスペンスがある。でも第三部までくると、さすがにちょっと小説的な面白さはなくなってしまう。この小説で描かれた神戸の風景描写だが、今や寂しさを誘う情景となってしまった。古い民家の描写を読んで、あー、たぶんこの家も全壊しているだろうな、などと妙なことを考えてしまう。ところで、文庫版につけられたこの解説(ではなくて)〈論文〉はいったい何なんだろう。なるほどとは思うが、小説を読む助けにも何にもならないし。変なの。

『狂骨の夢』 京極夏彦
 またまた分厚い探偵小説。今度はマッドサイエンティストは出ず、歴史と宗教とフロイトの蘊蓄が聞ける。となると江戸川乱歩というよりは小栗虫太郎とか、そういうたぐいに近い。でも、ああいういかにものおどろおどろしさは弱く、その辺が現代的だといえるだろう。で、結局は面白かったのだが、真ん中くらいまで、話がどこへ行くのかよくわからない状態が続き、少し疲れた。京極堂が出てきてからががぜん面白くなる。関係者を集めての憑き落としと称する謎解きは、何だか怪しげだがわくわくする。

『敵は海賊・海賊課の一日』 神林長平
 敵は海賊のシリーズは、ラテルとアプロ、それにラジェンドラのトリオ漫才でいつも面白く読める。本書で描かれているのは、アプロの誕生日に彼らが海賊課の苦情処理係を命じられるという、そのとんでもない一日の出来事だ。ここでまた、現実とは何か、意識とは、未来・過去とはといった神林流のテーマがお気軽なストーリーの中に濃厚に現れてきて、それがいつもだと興をそぐ結果になりがちなのだが、今回はラテルの過去のエピソードなどがうまく扱われていたためか、それほど違和感無く読むことが出来た。でも、アプロの存在って、ちょっと謎すぎるんではないでしょうか。

『トンデモ本の世界』 と学会編
 売れているみたい。ぼくが手に入れたのは二刷りだった。基本的にこの手の話は好きだし、SF大会の合宿とかでやる分には大喜びなのだが、活字で読むとなんか気恥ずかしくなってしまうのは何故でしょう。不特定多数の前で人を揶揄するということが、何かはしたないことだ、という気がするからか。とりわけ、小説を笑っているパートというのは違和感がある。黒豹シリーズなんて、むしろこの紹介を読むと面白そうで、読んでみたくなるじゃないですか(志茂田本はさすがに引用箇所からみても読む気がおこらない)。とはいえ、ユダヤ陰謀本や、コシノケンイチ本なんかは、こんなものが売れていること自体に心が寒くなってしまい、笑ってすませてもいいのか、とも思ってしまう。このあたり、ぼくのスタンスも中途半端ですね。おおらかなトンデモ本というのがやっぱりいい。

『神の熱い眠り/ワーシング年代記1』 オースン・スコット・カード
 中世的な田舎の生活がえんえんと続く小説だが、一万年以上の時間の流れる年代記である。超能力など、まさしくSF的な部分もあるし、植民地が無から立ち上がってゆっくりと発展しそして滅びるというのもSF的といえる。でも、やっぱりカードだ。一種の聖書物語である。また極限状態での人間性とはどういうものか、という思弁小説でもある。しかし、そこでの善悪の判断は、普通の市民的なものではなく、いかにも宗教者の説教といったものだったりする。〈苦痛の再発見〉といった同じテーマであっても、例えばコードウェイナー・スミスが〈人類の再発見〉で描いたような、普遍的、抽象的なレベルでなく(であればSF者はついていけるのだ)、等身大の悲劇を描くので、やりきれない思いが残ってしまうのだ。それはまあ好き嫌いのレベルだから、だからどうだという問題ではないのだが。それにしても、これってマインドコントロールの物語だよね。徹底的にハードなマインドコントロールするぞ、という物語。オウム事件を思うと、単なるお話としては読めなかったりする。やだね。植民地の歴史が始まってから、というかこの小説の構成がはっきりわかってからは、楽に読めるように なり、面白くなるのだが、それまではちょっとしんどかった。

『月の影 影の海』 小野不由美
 角氏に借りた小野不由美〈一二国〉シリーズの第一巻。なるほど、これは読みごたえある。特に上巻はこれでもかというほどシビアな物語で、それだけ下巻でのカタルシスが(ちょっと拍子抜けという気もするが)生きてくる。下巻で登場するネズミ男がいい。硬質なファンタジー。文章もはぎれが良くて好きだ。

『風の海 迷宮の岸』 小野不由美
 怒涛の〈一二国〉一気読みのその二。前作とはかなり雰囲気が違う。なんだか可愛らしい感じ。幼い少年が主人公だからか。上下巻だが、世界が大きく広がるというわけではなく、軽い幕間の一エピソードという感じだ。モンスターを仲魔にするところ(違うか)がいい。

『東の海神 西の滄海』 小野不由美
 珍しく一巻本。かっこいい男たちの物語で、これはおたく少女(おばさんもか)をくすぐる本となっているようだ。物語は大変面白い。きびきびした文体は好きだ。ただし、前半部と結末へ至る後半部とで、悪役の性格が変わってしまっている。前半の調子で一貫していればもっと面白かったと思う。でもそれじゃあ一巻でおさまらないか。

『風の万里 黎明の空』 小野不由美
 とうとう全巻読破。このシリーズは確かに面白い。ぼくもファンになってしまった。久美子もかっぱえびせんモードに入っている。さて本書は、角氏によれば水戸黄門だというけど、なるほどね。でも、すかっと気持ちがいい。ヒロインの陽子さんは好きです。陽子を含めた三人娘の設定もいい。実は本書がシリーズ中で一番好きだ。世界の広がりもあるし。大衆小説的なつぼがしっかり押さえてあって、決めぜりふや泣かせどころもぴったり決まっている。まあ後から考えれば、ちょっと無理な点やどうして? という説明不足なところもあるけれど(例えば少女たちの性格の変化など)、読んでいる間は気にならない。予定調和はもとから問題なし。こうなるとやっぱり続きが読みたいですね。伏線の張り方から見ると〈一二国〉の崩壊へとなだれこんでいくような気がするけれど、もしそうだとすると、せっかく陽子が自分の国を築いていこうとしているのに、悲しい気がする。きちんと完結させずに、この調子でエピソードをえんえんと重ねていくのも悪くないと思うのだけどね。

『悪霊がいっぱい!?』 小野不由美
 〈一二国〉のおまけみたいにして借りた悪霊シリーズの一作目。まあこれは普通のジュヴィナイルですな。マンガでも可。面白いし、良くできているとは思うが、登場人物紹介といったところか。これから変な方向へ発展していくらしいが、まあいいや。

『黒竜江陸戦隊/覇者の戦塵1937』 谷甲州
 とうとう本書の最後で日中戦争が勃発する。ただし、本書で描かれているのは大艦巨砲主義からより実戦的な小型艦の大量生産へと移行しようとする日本の姿と、その満州での活躍である。例によって大変地味な話だ。はっきり書かれてはいないが、この世界では二二六事件は起こらず、政治状況も変わっている。このあたり、実際の歴史とどこがどう違ってきているのか、きちんと解説でまとめてくれないかなあ。今後どう進んでいくのか、大いに興味がある。

『魔性の子』 小野不由美
 日常世界に非日常なものが入り込むと、とってもはた迷惑だという話。まあしかし、ホラー小説として良くできているはずなのが、〈一二国〉を先に読んでいるために、全然ホラーじゃなくなってしまった。これは読み方がまずかったということだわな。それでもお話は面白かったけれど。時節柄オウムとからめて読むこともできる。

『東亰異聞』 小野不由美
 さてこれで小野不由美も一通りは読んだぞと(悪霊シリーズは一冊だけだけど)。本書も、噂に違わずなかなか美しく見事にかっこいい話だ。でもこれを推理小説として読む人もいるんだろうな。そういう人は怒るのかも知れない。最後に異世界になってしまうのもすてきじゃないですか。本書の美学からすればそうでなければならない。その後の世界というのも、想像すると楽しい。ゲゲゲの鬼太郎の世界かも知れないけれど。人形の色っぽいのがいいですね。

『姑獲鳥の夏』 京極夏彦
 シリーズ第一巻を後から読んだわけだが、ぼくにはこれが一番面白く読めた。おそらく読み方のこつがわかっていたから、ということだろう。京極堂と他の面々との掛け合い漫才を楽しみつつ、彼のペダントリーを味わえばいいのだ。ただ、主人公の関口だけは、どうにも好きになれないのだが。脇役ならよかったんだけど。本書では意識に関する科学的な蘊蓄がSF的で面白いが、でもヴァーチャルリアルな現在ならともかく、昭和二〇年代においては似つかわしくない気がする。まだ陰陽道や憑き物に関する話の方が雰囲気にあっている。まあそのSF的飛躍(というか、本書ではそれが科学的・合理的な説明となっているのだが)がいいのだけれど。にしても、カオスに関するバタフライ効果についての言及がこの時代にされるはずはなく、脳へのアクセスといった用語の使い方を見ても、おそらく京極堂はタイムスリップして昭和二〇年代にやってきた現代人なのだろう。

『悪霊がいっぱいで眠れない』 小野不由美
 悪霊シリーズの三巻目。かおるさんから回ってきた一冊だ。挿し絵の問題さえなければ、電車の中でとろとろと読むのにちょうどいい本だと思う(さすがに『ハイペリオンの没落』を電車の中で立ったまま読むのはしんどかった)。悪くはないと思うが、別にどうということもない少女向けのお話。

『悪霊なんかこわくない』 小野不由美
 本書は悪霊シリーズではないのだな。独立したホラー小説。章立てがハインラインの小説のタイトルのもじりになっているという遊びがある。けっこう評判がいい話のようだ。ぼくにはごく普通の怪談としか思えなかったが。特別なスタイルがあるわけでもないし、あっというようなすごいアイデアもないし。いい幽霊というのは、もっと違った(ささやかな)使い方をした方が(型どおりではあっても)効果的だったように思うのだが。

『悪霊になりたくない!』 小野不由美
 こっちは悪霊シリーズ。そろそろ登場人物たちにも慣れて、けっこういい感じになってきた。きちんとした作りで恐怖感を盛り上げ、良くできたお話になっている。結末が少し尻切れとんぼな感じがするが、ま、いいか。でも、これって、幽霊屋敷だけで充分恐い話になるんで、お化けを出す必要も本当はない話なんだよね。筒井康隆の屋敷ものみたいに、大人向けの小説にもできたと思う。

『ハイペリオンの没落』 ダン・シモンズ
 やっと読了。悪霊シリーズと交互に読むなどというばかなことをやってしまったので、みんなのいう強烈なドライヴ感は味わえなかった。くやしいから、またいつか一気読みをしよう。とろとろ読んでいると、ハードSF的なアラが目に付いてしまう。もっと体調のいい時にわっと読まなくちゃいけない。そうはいっても、確かにすごいSFだとは思う。〈交通〉ということ一つをとっても、これだけ面白いSF的ビジョンを示したSFがあっただろうか。宇宙的な戦闘シーンの迫力も大したものだ。特に樹海の星が攻撃されるシーンはビジュアル的にもすごいとしかいいようがない。ディレイニーを思わすアウスターの描写もすてきだ。ただ、ぼくにはシュライクというやつがどうもぴんとこない。なんか、せこいモンスターに見えてしまう。宇宙的存在という大きさ・広がりを感じないのだ。やっぱり『エンディミオン』が出るまで待たないといけないのかな。

『征途/1衰亡の国』 佐藤大輔
 人気の高い架空戦記。古本屋で手に入れたので読んでみた。レイテ沖海戦が日本の勝利になり、マッカーサーが戦死し、北海道にソ連がやってくる、そういう歴史が描かれる。戦闘シーンの描写は迫力があり、軍事的な詳細もきちんと書かれているようだ。ただし、これは著者の文体なのか、それとも単なる校正のミスなのかわからないが、なんだかおさまりの悪い日本語が時折見受けられる。ハインラインがけっこう重要な役割で登場したりするのも面白い。

『征途/2アイアン・フィスト作戦』 佐藤大輔
 征途の続編、というか、三部作で一作の長編なんだろうな。分断国家日本。ベトナムに参戦する日本。大和が生き残っている日本。面白いけれど、それがどうしたという感じもある。アリス・シェルドンが出てきたりするのは楽しいが。

『征途/3ヴィクトリー・ロード』 佐藤大輔
 湾岸戦争に参加する戦艦大和、そして分断国家日本の最後の戦い。というわけなのだが、架空戦記と歴史改変SFとの違いをとても意識させられた。SFの方は、もし……ならばと考えて、そこを初期条件としてフォーワードに検討を進めていくように思える。架空戦記をたくさん読んだわけではないが、本書を代表とするならば、どうも先に書きたい結論ないし仮説があって、そこへのゴールシーキング的に過去を変えていくのではないだろうか。本書でいえば、この改変後の世界が、日本の軍事的位置を除けばほぼわれわれの世界と同じという、SF的にはとても信じられないような設定があっけらかんと書かれているわけだ。作者はSFをたくさん読んでいるようなのだが、どう考えているのだろうか。小説としてはけっこう面白く読んだが、軍事面についてはともかく、政治や社会の面はあまりにご都合主義的で、白ける要因となっている。とにかくマニアには受けるんだろうなとは思いつつ、ぼくとしてはこれ以上別に追いかける必要のない分野だという結論に達した(だから谷甲州のはSFなんだってば)。


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