SFファン交流会レポート

2026年9月 「『反ミーム部門は存在しない』刊行記念――あなたも反ミーム部門の一員ですか」

大野万紀


 9月のSFファン交流会は9月26日(土)、「『反ミーム部門は存在しない』刊行記念――あなたも反ミーム部門の一員ですか」と題してzoomにて開催されました。
 出演は、鳴庭真人さん(翻訳家)、東方綾さん(早川書房編集者)です。
 写真はZoomの画面ですが、向かって左から鳴庭真人さん、根本さん(SFファン交流会)、みいめさん(SFファン交流会)、東方綾さんです。

 前半は本書の生まれる元となったSCP財団についての話が中心となり、後半は小説の話が中心でしたが、小学生のお子さんがSCPに詳しいという根本さんが、鳴庭さん、東方さんにプレゼンテーション画面を表示しながらお話を聞くという形式での交流会となりました。

 以下の記録は必ずしも発言通りではありません。チャットも含め当日のメモを元に簡略化と一部補足して記載しているので間違いがあるかも知れません。問題があればご連絡ください。速やかに修正いたします。


根本(SFファン交流会):本日は7月に発売された、qntm(クオンタム)『反ミーム部門は存在しない』の刊行記念として翻訳者の鳴庭さんと編集者の東方さんにお話を伺いたいと思います。
 この本ですが、話題が話題を呼んで売れ続けており、わたしが買おうと思って発売日の1日くらい後に本屋に行ったらもう売り切れ。SFがたくさん置いてある別の本屋さんにもどこにもなくて、Amazonで注文しようとしたらしばらく入荷しませんとのこと。この本は本当にあるんでしょうかと。『反ミーム部門は存在しない』は存在しなかったという状況でした。
 増刷につぐ増刷でやっと手に入るようになりましたが、今何刷りですか。

東方:反ミームは今4刷りまで出ていて5刷りも決まりました。もうじき書店に5刷りが並ぶはずです。

根本:おめでとうございます。
 この作品は、ネット発の総合創作プロジェクトSCP財団の人気コンテンツを著者が全面的に再構成したオリジナル長編ということです。
  SCPという言葉、 SFファンの皆様にはまだ馴染みが薄いかもしれません。今回はSCP経由の若い読者から火がついたんじゃないかなとも言われています。そこで今日はSFファンの皆さんにはSCPへの入り口を、逆に SCP読者の方にはSFへの橋渡しをということができたらと思って、この会を企画しております。
 まずはお二人の自己紹介をお願いします。

鳴庭:翻訳者・紹介者の鳴庭です。新しいqntm(クオンタム)という作家を紹介できて嬉しく思います。自分では紹介者の方に比重があり、翻訳はあくまでその手段かなと思っています。

東方:早川書房で、翻訳、 SF 、ファンタジーを担当しております。毎年、月に1、2作ぐらいずつ作品を担当しています。

根本:早速ですが、ここからは、本作の背景にあたるSCP財団について、どういうカルチャーなのか簡単にご紹介させていただこうと思います。スタッフ内でお話したとき、「反ミーム」とか「SCP財団」とかピンと来なかったという方もいました。
 まず「反ミーム」ですが、ミームというのはリチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』の中で提唱した造語で、遺伝子が世代を超えて複製されていくように、アイデアや流行、言い回しも人から人へと模倣によって複製され伝播していく、それをドーキンスはミームと名付けています。今ではもうネットミームという使い方の方が馴染み深いかもしれません。
 うちに小学生の息子がいるんですけど、「67(シックスセブン)」とか「イタリアンブレインロット」とか、やたらと口にしてはゲラゲラ笑ってる。いったい何かと思ったら、画像や動画やフレーズがネット上でどんどん改変されながらコピーされて拡散されていく、そういう流行のネットミームなんです。

みいめ(SFファン交流会):わたし、ネットミームって言葉、知らなかった。ええっ、知らないのってみんなに言われた。

根本:本書ではアンノウンっていうのが出てくるんですが、それが人の精神を介してミーム的に感染していく危険なものだという設定があるんです。

東方:会社の人に「ミームが危険って何」と聞かれたんですけど、歌のフレーズが頭にこびりついてそれしか考えられなくなるってのがあるじゃないですか。そんな風に精神に影響を及ぼすものだって説明しました。

根本:さらに本書では「反ミーム」って言葉が出てくるんですけど、ミームの本質が「伝わる、記憶される」ということだとすれば反ミームはその反対で、「広まらない、伝わらない、記憶されない」というのが本質なんです。これがクオンタムさんの独自性で、今までSCPではミームの話はいっぱいあったんですけど、そこに反ミームという概念でストーリーを作った。「異常な物体・場所」はたくさんあるが、「異常なアイデア」がまだ存在しないことに着目したとのことでした。
 それをSCP財団のサイトで最初に発表し、話題になったものを全面改稿し再構成したのがこの作品です。

根本:それで、SCP財団って何かという話になるんですが、2008年に始まったウェブ上の集合創作プロジェクトです。世界中の匿名の書き手が公文書、報告書っていうスタイルで異常な存在についての文書を書き、それを共有して一つの巨大な仮想空間を作っているというものです。ドキュメントはSCPで始まる番号がついていて、異常存在の危険度に応じたクラス分けがされていたり、人気のある文書には他の人がそれに関連する文書を追加していったりして、どんどん更新されていくんです。イベントもあって盛り上がります。
 何かたくさんありすぎて戸惑うと思うんですけど、うちの息子も楽しんでいるし、色んな本も出ているんですよ。私たちより小学生や中学生の方が詳しくて、『SCP大百科』とか妖怪大百科みたいな本もたくさん出ています。『SCPって何ですか?』というコミックも一迅社から梨さんの監修で出ています。SCPの楽しみ方をマンガで紹介していて、まずこっちを読んでからホームページに行くのが面白いかもしれません。

東方:根本さんが紹介されたような報告書形式のものが多いんですが、別の形式のものもあります。連作短篇の小説形式とか。『反ミーム部門は存在しない』の元になったようなのは少ないんじゃないかな。

根本:SCPにアップされた作品はクリエイティブ・コモンズ(CC)としてライセンス管理されます。それで誰でも自由に書いたり、読んだり、翻訳したり、二次創作したり、新しい報告書を書き足せるんだけど、商業出版は難しい。

東方:だから作者はSCPに発表したものを全面改稿して、SCPの番号をU番号に変えたり、固有名詞も変更したりして、別バージョンにしています。編集者の手も入っているんで、ある意味バージョンアップ版といっていいかも。
 SCPに載っていた最初のバージョンについては、著者が自費出版したんですけど、それは取り下げられた。でも元々のSCP版は公開されているんです。SCP財団の日本支部でも『反ミーム部門』の元バージョンを有志の方が翻訳されて人気コンテンツになり、Youtubeにも解説動画がたくさんアップされています。それを20万人以上の視聴者が見ているんですよ。

根本:この動画みて、あ、息子が見てたかもって思いました。

東方:私は知らなかったけど小学生でも知っている人気コンテンツなんですって会社で言ったんですが、会社の人も営業の人も、書店の人に言っても「SCPって何?」って感じで。会議の席でも私だけが取り残されてるみたいな。だけどすごくいい作品だからきっと面白がってもらえるに違いないって言ってたら、営業の担当の人がすごく気に入ってくれて、ノリノリでブログを書いてくれました。書店さんの反応もそうなんだって感じで、それで普通にSF文庫として誕生できたわけです。

みいめ:なるほど、この本が出たおかげで、私たちの見えないところにもファンがいっぱいいたってことが今回はっきりしたということですね。それではSFファン交流会後半では、鳴庭さんに翻訳にあたって苦労された点とか、そういう話をお聞きしたいと思います。

根本:鳴庭さんにお聞きしたいことは色々あるんですが、まずはSFとの出会いから。

鳴庭:子どものころからっていうと「ドラえもん」とかSFに繋がるものはいっぱいあったんですけど、12歳のころに兄弟がテーブルトークRPGをやっていてそこからサイバーパンクに触れ、ニューロマンサー(「シャドウラン」経由で)とか攻殻とかを知りました。
 その後マジック・ザ・ギャザリングの世界に行くんですが、そこに「ネビニラルの円盤」(Nevinyrral's Disk)というカードがあって、これがラリー・ニーヴン(Larry Niven)の逆つづりだって聞いたんです。ニーヴンって誰だろうと思ったりして、ちょっとずつSF的なものと触れていきました。
 後、大きいのは「エヴァンゲリオン」ですね。元ネタがコードウェイナー・スミスだって聞いて本が出たときにこれは読まなければいけないと読んだんですけど、表題柞とか、田舎の中学生にわかる話じゃないじゃないですか。まあそれがファースト・コンタクトですね。それでも「エヴァンゲリオン」からその次に「サンタ・クロース対スパイダー」(ハーラン・エリスン)を読んでこれは面白いと分かったり。

根本:SFの翻訳をするきっかけになったものはありますか?

鳴庭:それはですね、大学に入って3回生のときに、SF研に入ったんですよ。それまでサークルに入っていなかったんですけど、就活が始まるんでエントリーシートに何か書けるように今からでもいける軽い文系のサークルに入ろうと。もちろん海外SFに興味があったんですけど。
 入って見たらそこにすごくやる気のある会長の人がいて、翻訳同人誌を作るぞということになりました。これを訳せと渡されたものはレイ・ヴクサヴィッチの作品で、岸本佐知子さんならともかく翻訳の素人がやって面白くなるわけないんですよ。やった方としても不満が残りました。それで就活で上京したときに、丸善でデイヴィッド・ハートウェルの年刊傑作選を買ったんです。テッド・チャンの「予期される未来」が載っていて、これなら話もわかるし、面白いし、いいんじゃないかと翻訳して会誌に載せてもらいました。それがSF翻訳者というか、紹介者としての始まりといっていいと思います。

根本:そこから海外SF紹介を中心に活動されてきたということですね。

鳴庭:SFマガジンに未訳短篇のレビューコーナーがあって、深山めいさんから引き継がせてもらいました。その後短篇の翻訳などもやらせていただいて、いまに至るという感じです。

根本:今回『反ミーム部門』の翻訳をすることになった経緯は?

鳴庭:極論すれば頼まれたからということになるんですが、ただこの本については前半にもありましたけど、SCP版が2020年に自費出版されていて、それをSFマガジンで紹介しているんですよ。普通に読んでこれは面白いって取り上げたんですが、これだけカルト的に人気が出るとか商業出版版が出るとか全然思っていませんでした。こういうことになって、何か運命的なものを感じます。

根本:翻訳にあたって、結構大変だったと思うんですけど、何か工夫された点とかありますか?

鳴庭:長編を1冊訳すというのが初めてだったので、そういう意味では大変でしたけど、基本はエンタメ小説ですし、ややこしいといっても現代のSFは大抵ややこしいじゃないですか。ただ独立した作品だとはいいながらもSCPの延長線上にある世界なので、訳者あとがきにも書いたんですけど、いくつか用語をそのまま流用しているところがあります。その辺の線引きや使い分けには個人の好みもあるんでちょっと工夫したところです。

根本:作品中に黒塗りの部分が結構あるんですが、これはもともと伏せ字じゃなくてちゃんと本文があって、それを鳴庭さんが翻訳した上で黒塗りしたと伺ったんですが、そうなんですか?

鳴庭:その通りです。

東方:原文がもともとあったんですよ。著者のホームページにはSCP版に書いたけど消した部分とか紹介していて、送ってもらった原文のPDFでは黒塗りの部分をコピペしたら元の文章が出てきたんです。ちゃんと意味がつながっている。機会があればどこかで紹介できたら面白いかなって思っているんですが、どうなるかわかりません。

鳴庭:訳した後で、原文になるべく忠実になるよう黒塗りするんですけど、英語と日本語ではそのまま対応しないじゃないですか。例えば前置詞1個だけ置いてあるところや訳すと語順が変わってしまうところなんかもあって、そういうところは日本語になるように解釈したところもあります。

根本:第3部で、途中に黒べたというか大きな黒い四角形になっているところがあるじゃないですか。そこも文章なんですか?

東方:大きな黒べたには文字が1つ入っています。あの私には読めないうにゅうにゅとした文字が。

鳴庭:これはプログラマーである著者のお遊びのたぐいかと思いますけど、ユニコードで「3125」に対応するのがあの文字なんです。テルグ語の文字です。ググってみてください。

(大野万紀注:Googleで検索すると、この文字「వ」は南インドのテルグ語で使われる子音(va)の文字とのこと。読み方は「ワ」。コンピュータで文字を表すユニコードではU+0C35で、これを10進数で書けば3125。そしてこの章はアンノウンU-3125が世界を呑み込んでしまうという章なのです)

根本:鳴庭さんがこの作品で一番気に入っているところはどこですか?

鳴庭:一番好きなのは、ラストのところですね。退行ミームになった主人公のマリーがU-3125と「概念空間」という抽象の世界で対決するところなんですけれども、この作品で一番ドラマティックな場面です。数学用語とかメタファーを駆使して、何が起きてているのかわからないのにすごいバトルシーン、アクションシーンが繰り広げられるという、自分でも訳しながらのってるな、という気持ちになりました。

根本:そうですね。何か概念的で何が起こっているのかよくわからないけどすごい、という。東方さんはどうですか?

東方:あまり考えてなかったけど、マリー・クインとアダム・クインの出会いのシーンは、気持ち悪い部分は置いとくとして、ホンワカして良かったと思います。病院で戦いながら逃げている時に出会うという、わりと好きですね。

根本:わたしは巨大な石が、山みたいな石が出てきたりとか、そういうのが面白かったです。

鳴庭:その石が表紙にもなっています。ある意味この作品で最も印象的なシーンであるかも。

東方:何か基本的に登場人物に容赦ないじゃないですか。いい人だからこのままハッピーエンドまでいくのかなと思ったら容赦なく死んじゃって、あららーって感じ。そんなところが面白いんだけど、シビアかなあと思いながらこの本を作りました。

根本:ホラーなんだけどSF的で、世界観っていうか、ちょっとチャールズ・ストロスの作品を読んだ時と同じような面白さがあると感じました。

東方:鳴庭さんも書かれていますが、ストロスの『残虐行為記録保管所』を挙げている人が多いですね。営業の人もしきりに言っていました。

根本:作品とはあまり関係ないんですけど、何かギアが上がっていくような感じが受け取れて。

東方:実際ストロス自身が何年か前のインタビューの中で、最近気になっている本としてクオンタムの短編集を紹介しているんです。クオンタムが自費出版した短編集に、彼が推薦コメントを書いている。だからクオンタムって人は商業出版される前から知る人ぞ知る作家だったんですね。

鳴庭:謝辞にも書かれているんですが、本書のエージェントのケイトリン・ブレイズデルがストロスのエージェントと一緒なんです。これは憶測ですが、そこで繋がっているのかも知れません。

根本:ありがとうございます。ここで早川書房でこの本が刊行された経緯をもう一度お聞かせください。最初はSCPって言われてもピンとこない人が多かったということでしたが。

東方:この版を弊社で出すことになったのは別にあんまり深い意味はなくて、あの、チャールズ・ストロスの同じエージェントなのかな、向こうの出版社で商業出版の原書版を出すってことが決まったと。それが話題作だというので、うちの担当の偉い人がじゃあ翻訳権を取ろうとなったんです。私も本が出ることが先に決まって、それから内容を調べますって感じだったんですね。するとSCP財団でもうすでに大きな話題になっていることがわかって、以前にこれを紹介されていた鳴庭さんに翻訳を依頼したという経緯です。

根本:発売後の反響はどうでしたか?

東方:いつもの層とは違う層が反応している感じがありました。SF文庫は特に翻訳SFだと30代、50代といった層が多いのに、これは20代が思った以上に多く、10代もいました。Xを見てもいつも反応してくれる人たちとは違う若い人たちが一生懸命紹介してくれている。これは大変ありがたいと思いました。

みいめ:カバーデザインもいいですね。

東方:これはデザイナーの坂野公一さんに相談したんですよ。アメリカ版がモノリスみたいな石がどーんと立っている表紙だったんですが、これもいいけど、こういう人のはどうでしょうと、イラストレーターの子畑さんを紹介してもらいました。そのサイトを見たら、何ていうか、くるところがありまして、お願いしました。

みいめ:そびえ立つモノリス。ちょっと危険なイメージで空気感をかもし出す雰囲気があっていいですね。

根本:ところで重版の手応えは率直なところどうですか?

東方:大変ありがたいです。あの、重版といっても今は在庫が残らないよう少部数からということが多いんですが、今回は初版と同じくらいの部数で重版しているので、すごい感じですね。

みいめ:それだけ書店から注文が来ているってことですね。

東方:本当に書店からなくなっちゃったって、想像してなくてびっくりしました。

本会はここまで。ここに書いた以外でもネットミームがらみの映画や本の話題、これから出る本の紹介など盛りだくさんでした。本会後の二次会ではぼくも顔出しして『反ミーム部門は存在しない』の感想などを話しました。鳴庭さん、東方さん、根本さんをはじめ、関係者のみなさま、本日はどうもありがとうございました。


 次回のSFファン交流会は、2026年10月10日(土)夜に、京都SFフェスティバル2026の合宿企画の一つとして、「出張版:ラノベ50年! 進化し続けるライトノベル最前線」をテーマに、水鏡子さん、太田祥暉さんをゲストにオフラインで開催される予定とのことです。なお、zoomは手伝ってくれる人がいればできるかも、ということでした。


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