みだれめも
第275回
水鏡子
8月3日神戸さんちか古本市。ここ数年安い掘り出し物にほとんど巡り合えない。今年も同様で、野坂昭如『エッセイ集①日本土人の思想』(500円)、立原あゆみ『いけない草の町子』(400円)『若き獅子の伝説①』(300円)の3冊を買う。立原あゆみは『本気』以降の作品は9割がた確保しているのだが、それ以前の性別詐称時期のものも勢いで拾い始めている。値段が高くて、つまらない。野坂昭如も三四年前になんとなく読んでみてやっぱり持っときたいなと思って集め始めて60冊越えになったのだけど、そのとき読んだ3冊以降は帯や目次を眺めるだけで未読のままである。
8月15、16日は京都で一泊しての下賀茂神社古本市。最近は二日続けて託送できる量を買えなくなってきて、京都も日帰りでいいかなと思うようになってきた。今回は重たい本が多くて、なんとか二箱。
コーンブルースの『クリスマスイブ』をまた見かける。この半年で3回目である。今回は700円の値付けだったのでさすがに手は出さなかったが、『クリスマスイブ』を含めた早川SFシリーズの放出にこうも続けさまに出会うというのは、いろいろ思うところがある。ぼくらよりひと世代上の草創期のSFファンたちが鬼籍に入り始めているということなのかと。『宇宙人フライデイ』と並び僕らの学生時代においてすら、すでに入手困難だった本なのである。
やや高めの、造りのいい本を買う。スペイン中世黄金世紀文学選集『①わがシッドの歌』『③ルカノール伯爵』『④ラ・セレスティーナ』『⑤模範小説集』『⑦バロック演劇名作集』、『少年俱楽部名作選 熱血痛快小説集』(各500円)、小学館日本の文様『⑧唐草蔓』『⑮楽器調度』『⑯秋草楓』、岩波講座現代思想『③無意識の発見』『④言語論的転回』『⑦分析哲学とプラグマティズム』(各400円)、新・ちくま文学の森『⑥いのちのかたち』『⑨たたかいの記憶』『⑬世界は笑う』(各300円)など。
「スペイン中世黄金世紀文学選集」以外は3冊500円で拾っていた全集講座本の抜けていた巻で、「小学館日本の文様」は残り3冊、「岩波講座現代思想」は2冊、「新・ちくま文学の森」5冊の残りになった。
その他三冊五百円もしくは百円均一本の主なところとしては、総解説『世界の海洋文学』、増田義郎『新世界のユートピア』、中村保男谷田貝常夫『英和翻訳表現辞典②③』、『アリストテレス全集⑧⑨⑩』、椋鳩十『野性の谷間 前後編』、斎藤精一『雑誌大研究』、村上元三『思い出の時代作家たち』、金井美恵子『手と手の間で』など。
8月23日。SF大会でもやっていた「SFファン活動保存計画」の一環としてSHINCONの昔話を、書庫見学を兼ねてうちでやる。岡本俊弥、大野万紀、小笠原成彦、小浜徹也、三村美衣。仕方がないので何週間ぶりかで母屋の掃除をする。三日潰れた。
8月24日。大阪で梅田阪神百貨店とたにまち月一即売会に行く。収穫少なし。ハードカバー版笠井潔『ヴァンパイア戦争』、中村雄二郎『精度と情念と』『21世紀問題群』『人類知抄』、水野知昭『生と死の北欧神話』など。帰路まんだらけで優待券2000円分、吉村萬一『CF』、山川方夫『長くて短い一年』、横田順彌『明治バンカラ快人伝』、元々社版『人形つかい』『華氏451度』などを買う。
最終週はSF大会。無理が効かなくなっているので浜松町で前泊後泊3泊4日の宿をとる。以前なら大会後の最終日は神保町とか回って夕方帰る流れだったのだが、すでに購入していたファンジン(「もくじのもくじ」「石森研究序説」「SFファンジン」他)その他持ち帰る本の量とか重さに辟易して、チェックアウト後、即帰阪する。贅沢になったものである。
大会はコンパクトにまとまったいい大会だったと思う。なろう系の企画がなかったのがちょっと意外だったが、朝日ソノラマ企画とか、かなり楽しんだ。
残念だったのは、期間中東京唯一の古本市だった高円寺が29日30日と完全に大会と被ったこと。前回SFセミナー時に行ってあまりの安さに驚いたこともあり、今回も大会初日の午前をすっぽかして高円寺に行き、ひと箱分購入する。
秋山正幸編『知の新視界』(500円)、ル・グイン『ファンタジーと言葉』三浦雅士対談集『この本がいい』が300円で、残りはすべて100円150円で単行本である。『小学館日本民俗文化体系③④⑥』、『澁澤龍彦集成』①』、中野美代子『孫悟空は猿かな』、藤原英司『アメリカの動物滅亡史』、ドナルド・R・グリフィン『動物の心』、ポール・ラディン他『トリックスター』、ハンス・H・ホーフシュテッター『象徴主義と世紀末芸術』、フレデリック・モンテサー『悪者の文学』、講談社『追悼 野間省一』、藤枝静男『石心桃夭』『茫界偏視』『虚壊』など。SF関連では買い直しを含めて、豊田有恒『海人の裔』、荒巻義雄『石の結社』、星新一『夜明けあと』、川又千秋『夢の言葉・言葉の夢』、遠藤雅伸安田均他『電子ゲームの快楽』、『SFの本第3号』など。
『日本民俗文化体系』には同じタイトルで講談社のものがあり、小学館版がテーマ別であるのに対し、講談社版は学者別の論考となっている。いまだに民俗学と文化人類学とのちがいがよくわからない。フィールドノートタイプの社会学、宗教学、神話学、さらには歴史学、地理学関連など、背表紙的には分ける意味があるのだろうかと並べるなかでとまどいが増している。
8月の購入冊数209冊。購入金額48,919円。クーポン使用4,500円。
なろう本57冊。コミック7冊、だぶりエラーと買い直し23冊。
新刊は18,495円。うち半分はファンジン。カドカワとアルファポリスの株主優待でなろう本新刊を9冊ゲット。T・キングフィッシャー『イラクサ姫と骨の犬』『パン焼き魔法のモーナ』『死者を動かすもの』、『コミケへの聖歌』『羊式型人間模擬機』などを買う。
主なところは前述のとおりだけれど、文庫本の収穫もそこそこ。硬めなものでは、M・クライン『数学の文化史』、赤松啓介『差別の民俗学』、宮本常一『庶民の発見』、最所フミ編『日英語表現辞典』、木々高太郎有馬頼義編『推理小説入門』、島野功緒『昭和流行歌スキャンダル』など。創元のSFマーク時代のものがとてもきれいな状態で並ぶ。奥付をチェックするとぼくよりひと世代若い人の放出品。古本屋というのはこういうところがあって楽しい。『オブザーバーの鏡』『ロボット市民』『SFカーニバル』『ガラスの短剣』、親書でノートン『燃える惑星』、友成純一『女戦士フレア伝①②』などを買う。
全体に、自分のスペクトルを若干広げ気味のいい収穫の月だった。
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巻頭の数頁で物語り手の尋常でない力量に瞠目して、慌てて入手可能な残りの2冊を買いに走ったのがT・キングフィッシャー。
『イラクサ姫と骨の犬』は、一の姫を殺されて後添えに入った二の姫を虐げる大国の王子から彼女を救おうとする三の姫の物語。平凡で取り柄に欠ける姫だが、えにしを繋ぐ力に優れ、試練を乗り越えるたびに奇妙な仲間を増やしていく。おとぎ話が底本にあるとのことで、物語の展開は、ある意味定番かもしれないがキャラの造形、話の緩急、シーンの切り取りのうまさ、起伏のある描写の数々に、小説を読む楽しさを満喫した。問題は、どこを見てもSFっ気がかけらもないということで、なんでこれがヒューゴー賞なのとけっこう真剣に悩んだ。出世作となった『パン焼き魔法のモーナ』は、定番に即してないぶん、ところどころにあらがみうけられるけど、トータルとしてはこちらのほうがよりおもしろい。どちらも作者の視点の置き方がなんか独特。
なろう本からは安田のら『泡沫に神は微睡む』(カドカワBOOKS)
神が実在し、統べる土地では絶大な力を振うことが可能となる世界。貴族の嫡男として生まれた主人公は、貴族なら必ず有している精霊力を発現できず虐待を重ねられ遂には放逐されることになる。いつものパターンではあるが、世界設定、社会制度が独特かつ強固に構築されている。物語は百鬼夜行との闘いを通じて覚醒していく主人公の成長と仮想戦国時代にある高天原を舞台に、仮想西欧の過激宗教組織と、さらにその背後で暗躍する百鬼夜行の王、堕ちた神格ぬらりひょんとの国家存亡を賭けた全面戦争へとなだれ込み、さらには虐待していた一族との対決へと進んでいく。
物語の基本は『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』などの言霊神技が乱発される日本型バトルアクションファンタジーを小説に落とし込んだものといっていい。物語る速度を重視しているぶん、文章にはやや難があるが、物語密度は濃い。