彼方には輝く星々

第7回 第11回日経星新一賞全感想、法学シンギュラリティ、南極の地底湖について

木下充矢


 山本弘先生、3/29に逝去。『時の果てのフェブラリー−−赤方偏移世界』 に燃え、『ギャラクシートリッパー美葉(1)-(3)』の大宇宙ハード・バカSF(←すごくほめています!)珍道中に抱腹絶倒し。『神は沈黙せず』の重厚な思考、 『去年はいい年になるだろう』の胸を打つ切実さ、『アイの物語』や『輝きの七日間』(SFマガジン2011年4月号から2012年10月号にかけて連載、書籍未刊行)のパースペクティブと切ない希望。そんなお話を、きっとまた読めると信じていました。悲しいです山本先生。ご冥福を祈ります。


 第11回日経星新一賞の受賞作品が2/11に決定、入賞9作品が3/1に

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 一般部門グランプリは「冬の果実」柚木理佐、ジュニア部門(中学生以下対象)グランプリは「ライトコート」竹腰奈央。

 心揺るがす鮮烈な幕切れの「冬の果実」、切実さと力強さが溢れんばかりの「ライトコート」を始めとして、端正・流麗な作品揃い。……ま、その、拙作を除いて。

 紳士淑女の集う殿堂に何故か一人紛れ込んだ「縄文人」、というか。「カッとなってやった。後悔はしていない」というか。素材感丸出しの拙作を拾ってくださり、感激に耐えません。夢ならどうか覚めないで。もちろん、夢じゃない方がいいです!

 というわけで、入賞9作品の感想です。

(直接的なネタバレは避けたつもりですが、作品内容への言及を含みます。できれば、先に各作品を読んでいただけると深甚です。短いですし!)

・一般部門グランプリ 「冬の果実」柚木 理佐

 体温調節に異常をきたす疾患の蔓延により、低体温症でやがて死に至る運命の語り手と、彼を救おうと手を尽くし、しかし力及ばなかった博士の静かな語らい。赤いリンゴと、やがて全球凍結を迎えるであろう将来の白い地球の鮮烈なコントラスト。博士心尽くしのリンゴの甘煮をはさんでの二人の会話からほの見える、絶望的な全地球的気象変動と、それに抗って「リンゴの木を植え続ける」人々の志。そして、鮮烈で力強い幕切れ。

 胸の底が、じわりと暖まる。SFでなくては書かれ得なかった、王道真正面の作品だと思いました。唐突に響くと思いますが、私の中で本作が占める位置は、スタージョンの「孤独の円盤」や、ティプトリーの「ビームしておくれ、ふるさとヘ」に近いものです。SFというジャンルが本質的に持つ、ある種の癒やしの力。重要な役割を果たす引用句は、アインシュタインの言葉らしい。

・ジュニア部門グランプリ 「ライトコート」竹腰 奈央

 生き生きとした等身大の言葉で語られる、生体認証セキュリティの危機管理がもたらした、光学的ジャミング技術「ライトコート」が当たり前になった世界。自らの姿をさらすことを避け、黒い繭の中に引きこもって生きる主人公・みるきーたちのクラスにやって来た転校生・翼は、信念をもって素顔をさらす「ノーウェア派」だった。異分子として陰湿な排斥に逢う翼を、みるきーはなぜか他人事として見過ごすことができない。距離の近づいた二人が到達した意外な真実、そしてみるきーの決断。

 瑞々しい。しかし決して繊細ではない。傷を恐れぬ心の強さ。サイバーセキュリティ技術の極相をキャンバスに描かれる、今を生きる若者と、かつて若者であったすべての人の心に刺さるであろう作品。

・一般部門優秀賞(旭化成ホームズ賞) 「ポラリス」玖馬 巌

 人間性の本質である「記憶」を、高い職業倫理と繊細な審美眼でハンドリングする未来の職業、「医療理髪師」。外部記憶装置「エクステ」を物理的および情報的に再編し、アイデンティティと限りある「エクステ」のキャパシティを両立させる高いスキルを持った医療理髪店主・ポーラの元に、三年前に謎の失踪を遂げた、彼女の師であるスピカの消息がもたらされる。しかし、ポーラが再会したかつての師匠に、ポーラの記憶は残っていなかった。大切な記憶を切り捨てられたことに深く落胆し、職業的モチベーションを失ないかけていたポーラの元を、スピカその人が訪れる。意外な真実を携えて。

 美容師にして医療者。外科医と理髪師が「兼務」だった歴史的いきさつに思いをはせると、より味わいが深い。いかにもな美容院トークの中に、さらりと特異な世界設定を溶かし込む手際が見事。心に迫る未来お仕事SF。

・一般部門優秀賞(図書カード賞) 「星の灯の狭間にて」 鷹羽 玖洋

 人類文明が銀河系に広くその生存域を広げた、はるかなる未来。人類文明有数の資産家・実力者である老女が豪奢な軌道上ハビタットに収集していたのは、その重厚な調度にはおよそ不似合いな、希少性のほぼない大量流通した紙の本、それも、手書きの落書きが入ったものばかりだった。そこに彼女が見出した価値とは。

 すごく賢いAI従僕と、もっと賢い彼女の、ウィットの効いた会話が楽しい。マインドアップロードが視野に入った時代に、あえて儚いものに価値を見出すヒロインの稚気は、人間性の本質への思索を誘うとともに、すべての「本読み」の心を鷲掴みにすること請け合い。描写の端々が心地よいのです。特に、「手書きの地図の落書き」!

・ジュニア部門準グランプリ 「おいしい世界の歩き方 東京」 田中 文瑛

 愉快な企みに満ち満ちた作品。食による「問題解決」と、なかなかにツボを突いた東京名所案内の融合。食べものが美味しそうな小説にハズレなし、と言いますが、出てくるアイテムがみな美味しそうなのですよね。「目次」も楽しい。何だか深い話を読んだ、的な、いやしかしそれはないだろ、的な感覚が横隔膜を刺激する。それらをすっぽりくるむ、クールな洒脱さ。「東京SFアンソロジー」が編まれる時には、ぜひ収録をお願いしたい!

・ジュニア部門優秀賞 「見えない力」 岡田 頼和

 とある病院の忘年会をリアリティたっぷりに描き、うんうん職場の忘年会ってこんなふうだよなあ、と読み進むうちに、巧みに挿入される伏線。ぱちん、と決まるラストが心地よい。某行動経済学理論の応用で実現したとおぼしき、優しい世界を満喫されたい。木下は重度の方向音痴なので、このアイテム、ぜひ欲しいです。

・ジュニア部門優秀賞 「エーアイさんへ」 岩本 名央

 人工知能に人々が抱く夢と、そして、それには遥かに遠い現実。小学校三年生が、大好きなおばあちゃんの認知症を治してほしい、と「エーアイさん」に書いた手紙、それを託されて誠実に悩む教師。最後に少し成長した少女と、ほのみえる希望。場面によって的確に書き分けられた文体が、このお話の肝だと思います。愛らしい、しかし、それだけでは終わらない話。

 木下はChatGPT3.5に、「あなたは自らを非人類知性だと考えるか」と質問してみたことがあります。答えは、「私は自己意識や自己決定能力を持っていないので自分を『非人類知性』とは考えていない。しかし、人工知能技術によって作成された知性体ではある」。OpenAI社の慎重な配慮がうかがえる、優等生的回答。しかしその背後に、なんだかこう、AI技術に託した人々の夢が映り込んでいるような気がしたのですね。そんなことを思い出しました。

・ジュニア部門優秀賞 「星になる」 名もなき佐助

 短い紙数に詰め込まれた、「第四次世界大戦」を経た人類の苦難の歴史。死を克服したテクノロジーと、それでも残るなにものか。それらをバックに描かれる、恋人たちの瑞々しく切ない思いと、急転直下の結末。冒頭でサラッと登場する「ドローンドライヤー」(我が家にもぜひ欲しい!)や、『地球使い捨て計画』という用語センスがすばらしい。しかし、これはハッピーエンドなのか。それとも……。

 そして。

・一般部門優秀賞(アマダ賞) 「彼方には輝く星々」木下 充矢

 ハイ、拙作です。この連載のタイトル(THATTA420号参照)で目指した、「ぬけぬけとポジティブに振り切れた話」を、早々に伏線回収。

 ネタ元は、  ナゾロジーの記事からたぐった、Ana Loboの研究と、ご本人のツイート。(その1その2

 車輪型生命SFの名作「ハイウェイ惑星」石原藤夫(早川版徳間版)を念頭に、車輪型生命の「別解」をひねり出すにあたっては、はやぶさ初号機では苦杯を舐めたが2号機で見事に雪辱を果たしたミネルバ・ローバーの力を借りました。ありがとうミネルバ!

 あらためて、落語フォーマットの「わからせ力」の凄さを痛感しています。ハードSFと落語の相性はかなり良いと思うので、もっと落語っぽいハードSFが増えるといいな。北野勇作先生の「天動説」という落語が凄いらしいので、ぜひ機会を捉えて聞きたいと思っています。 


ネットで見かけたすっごい論説。

「地球外生命体・スーパーインテリジェンス(超知能)・ 高度知的文明と太陽系・銀河系・全宇宙における エネルギーと資源のコントロール」

竹村 典良 桐蔭法学 29 巻 2 号(2023 年)

「宇宙グリーン犯罪学」 「複雑系の犯罪学に関する研究」「宇宙環境刑事手続法」といった言葉が、SFの外で出てくるとは。

「宇宙的視点からするならば、私たちがタイプIあるいはタイプIIIのいずれの文明段階にあるかは重要ではない。重要なのは、私たちが宇宙全体に影響を及ぼす力を持っているか否かである。私たちの窮極的な目的は、タイプIVの文明になることである」

 そうだッ! だけど……21世紀の法学って、そこまで言っちゃっていいんですか竹村先生。

 真面目な法学の先生だと思うのですが。書かれていることもしごく真っ当なのですが。ここまでバカでかい問題に「科研費」が付いていることがまず衝撃。竹村先生だけでなく、海外の複数の学者もこのカテゴリの問題に関心を持って取り組んでいるようだ、というのがまた衝撃。カルダシェフやボストロムは名前を聞いたことがあったけれど、他は知らない名前ばかり。

いちど松田卓也先生のシンギュラリティサロンに登壇して欲しいです!


 ラヴクラフトの「クトゥルー神話」はあんまり読めていないのですが、『狂気の山脈にて』の表題作は、どうも特異な作品のようだ、と思っています。個人の手記ではなく、南極探検隊の公文書、という体裁。当時最先端の知見を注ぎ込んだと思われる、航空機を駆使した大規模遠征、という設定。そして何よりも、「古のもの」という、クトゥルーとは異なる起源の、徹底的にフィジカルな神話生物の魅力。クトゥルー神話なのでもちろんホラーなのですが、執筆当時の南極探検の熱気が作者に乗り移ったような印象があって、好きな作品です。ではもし、そんな話を今書くとしたら? 

 今期の創元SF短編賞には、「クトゥルー神話のSF的再解釈」でチャレンジしました。木口まこと先生の「君がいる世界」(科学者作家がサイエンスを封印して挑む、利き腕を封印して戦うがごとき気迫が素晴らしかったです! 多世界解釈よりも、異形の大日本帝国よりも、君と僕。それ以上に大切なものなどあるか。それこそが真のレジスタンスなのかも知れない。そんなことを思いました)とは比べるべくもない、稚気満載の話です。個人的に好きなものしか出てきません(ロートダインとか!)。でも、書こうと思った最低限のネタは盛り込んだつもりです。最終候補には残れませんでしたが、お読みいただけると幸いです。

第15回創元SF短編賞1次選考通過作品

『ボストーク湖の死闘』  木下充矢

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