第54回日本SF大会 米魂(こめこん) レポート

大野万紀


 今年の日本SF大会は8月29日(土)と30日(日)に鳥取県米子市で開催された、「米魂(こめこん」である。
 朝一に西宮を出発、新幹線と特急やくもを乗り継いで、11時半には米子到着。会場は駅から歩いてすぐ。米子は山陰の中核都市で、大きなホールがあり、地方開催ながら都市型のSF大会だ。米子は落ち着いた雰囲気のある、とてもいい街だった。
 会場近くで軽く昼食をとって、さっそく登録し、すぐにディーラーズへ。はるこんブックスの新刊や水玉螢之丞、国際SF大会全記録などを買う。桐山さんに会ったので、昼一のKSFA企画へ顔を出していただくようお願いする。
 米子はネギの産地ということで、ネギマンというかなりパワフルなネギ型宇宙人(?)が闊歩していた。

会場 ディーラーズルーム ネギマン

 12:30からKSFA企画「海外SF研究会(KSFA)とは何だったのか? あるいはサンリオSF文庫のあとさき」。牧眞司さんの呼びかけで、大森望、水鏡子、大野万紀が参加したパネルだ。基本的に40年前の昔話。壇上にいるみんながまだ若かったころ。
 何もないと話しづらいので、先月号のTHATTA ONLINEの「岡本家記録とは別の話」をパワーポイントにしたものをプロジェクターでスクリーンに映し、それを見ながら話をする。これはこれで神戸大SF研史観に偏っているというのだが、そのあたりは会場の桐山さん(元同志社大学SF研で、KSFAの創始者の一人)にもフォローしていただく。KSFAが始まったのは、桐山さんと寺尾さん(阪大)の話がきっかけで、安田均さんやぼくらが加わったのはその後だということがはっきりした。もうみんな老人力がついて、模造記憶に汚染されているから、こういう確認は必要だな。
 資料を作っているうちに見つけた、第1回SFセミナー(神戸で77年にKSFAが開催したもの。後の東京のSFセミナーの前身)の写真も公開した。みんな若い若い。
 パワポを参考に、みんなでじじいの昔話をする。そこそこ受けていたのでよしとしよう。企画のタイトルにあるサンリオSF文庫の話は、牧眞司がきっかけを振ってくれたのだが、スルーしてしまったので、全然話さなかった。サンリオ文庫の話が聞きたいと思って来てくれた方もいるかも知れず、サンリオサギだと言われそう。ごめんなさい。

本屋パネル

 その後は、東京創元社の小浜徹也さん、作家の榎本秋さん、それに木原浩貴さんの「本屋パネル」へ。ほとんど小浜さんと榎さんのボケ突っ込み対談のようす。
 でも話題はかなり深刻で、某社がIT系某社の配下に入り、インターネットに負けるものはリストラされる運命なのだとか、消費税が上がってから本の売り上げは下がったまま戻らず、ロングセラーというものは事実上なくなったとか。少部数・高価格で、少人数で出せるのものならニッチにやっていける、例えば某叢書は3〜4人でやっていて3千円くらいの本を2千部くらい出している、とか。
 本屋は面積が小さくなり、本を置くところがない。そこで本が出ていてもそれに気づかれない。会場に架空戦記の横山さんが来られていて、架空戦記も下火で、出版社も残っているのはごくわずかとのこと。ラノベも平積みできないので、背表紙で、つまりタイトルの奇抜さで売るようになった。出版社の契約書はよく読まないと怖いことが書いてある。取り次ぎのトラックは主に雑誌を運ぶもので、そのすき間に単行本を詰め込んで運ぶ。だから雑誌がダメになると、本も輸送費が高く付くようになる。などなど。
 何か暗い話題が多かったけれど、そんな中でもがんばっている人たち、知恵を出そうとしている人たちがいることに(会場でもそんな発言があった)、勇気づけられました。

星雲賞ノンフィクション部門 星雲賞日本短篇部門 星雲賞日本長篇部門 星雲賞受賞者のみなさん

 午後4時半から、大ホールでの星雲賞授賞式へ。いろいろとお決まりの手違いがあったりミスがあったりしたが、それはご愛敬ということで。
 第46回 星雲賞は以下の結果だった。

 海外部門のアンディ・ウィアー、パット・キャディガンはビデオで参加。自由部門の島本和彦もビデオ参加だったが、なかなか力の入った作品になっていた。
 いつもは「しゅっとしている」藤井さんが、受賞のあいさつで緊張からか自作の主人公の名前が出てこないなど、意外なハプニング。
 受賞の挨拶で、一番印象的だったのは、アート部門を代理受賞した、故水玉さんの旦那さんの「いさましいチビのイラストレーターがいたことを忘れないでやってください」という言葉だった。

星雲賞メッタ斬り!

 夜は、軽食が食べられるということもあり、交流会へ参加。大野典宏さんや菊池誠さん、小谷真理さん、森下一仁さんらと挨拶。鳥取県知事の挨拶などもあって、ビールと軽食の立食パーティ。コスプレたちが楽しそうにやっていた。

 その後8時半にまた分科会で、大森望の「星雲賞メッタ斬り!2015」。これは星雲賞受賞者を呼んで、裏話やなんかを大森が聞き出すというもの。大変面白かった。中でも、出渕裕さんと牧眞司さん(二人は高校時代からの友人だという)のトークが面白く、出渕さんによる天本英世のモノマネまで飛び出した。アシノコンで〈関西芸人〉(岡田、武田のことね)がSFファンダムで人気を博する以前から、こんなことばかりやっていたのだそうだ。
 

 終わったら10時前。夜の雨が降り出している。いったんホテルにチェックインしてから夜の街に出て、たまたま出会った代島さんや榎本さん、早川書房の東方さんと食事。

 翌日、雨は止んだ。SF大会2日目。

芝村裕吏と皆で語るこんな企画があるんです!

 最初に行ったのは「芝村裕吏と皆で語るこんな企画があるんです!」という企画。実はぼくは芝村さんのファンなので、どんな話か聞きに行ったのだ。ゲームデザイナーでSFやマンガ原作も書く芝村さん、小説にゲームにシナリオにと大活躍の海法紀光さん、もとガイナックスでシナリオライターの重馬敬さんらが、ボツになった企画についてオフレコで話すというもので、とても面白かった。
 もちろん、公開不可な企画なので、具体的な内容を書くわけにはいかないが、ゲームの人工知能アルゴリズムなんかの特許がらみで「日本を守るために」企画をボツった話とか、そりゃ当然ボツだろうというとんでもない企画の話とか、むちゃくちゃ面白い。そこに海法さんがすごく天然っぽいぶっとんだボケ(もちろんこの人、実際はとてもすごい人なのです)をかます。この掛け合いがいいですね。
 重馬さんの話はわりと真面目で、ゲーム業界やアニメ業界の、プロジェクトの失敗談が多い。キーマンの失踪だとか、無理なスケジュールだとか、第三者の横やりだとか、業界は少し違うが、プロジェクトがずっこけるパターンは同じだなと思った。

アオイホノオの裏側 赤井さんと山賀さん

 次は「アオイホノオの裏側」。米子は赤井孝美さんの出身地なので、力の入った企画だった。司会は大森望さん、派手な着物姿の一本木蛮さん、赤井孝美さん、ガイナックス現社長の山賀博之さんのパネルで、スクリーン出演が原作の島本和彦さん。
 赤井さんがいかにもいい人な感じで、まんまだな、と思ったら、山賀さんもドラマで言っていたことは99%そのままなのだそうな。
 大森望がどう関わっていたかというと、高校SF研でいっしょだったブックデザイナーの岩郷重力さんが大阪芸大で島本さんの1つ先輩で、なんと同じ下宿に住んでおり、先輩として島本さんをパシリに使っていたそうだ。で、大森さんが芸大の学祭に行った時、お前、友だちが来るから駅まで迎えにいって来いと岩郷さんに言われて迎えに行ったのが出会いだという。世間は狭いなあ。
 一本木蛮さんが楽しそうにドラマの舞台裏を話す。それも面白かったが、やはりガイナの二人のいかにもなトークが楽しかった。懐かしい感じで。とっても青春だねえ。

翻訳家パネル

 さっさと昼食を済ませて、次は翻訳家パネル「SF翻訳の楽しみと苦しみ」。
 増田まもるさんが司会で、大野典宏さん、嶋田洋一さん、日暮雅通さんがとても真面目な話をしているのだが、なぜか大野さんが女の子のコスプレしている。(マドマギの)ほむらなんだそうだ。前のSFセミナーで牧眞司に言われてやっているのだとか(その理由はやっぱりよくわかりません)。
 終わってから直接聞きに行ったのだけれど、シチュエーションを無視してどこへでも出現するのが正しいコスプレなのだそうな。
 大野さんは主にレムの翻訳の話。後はストルガツキー兄弟の話など。レムを訳すにはサイバネティックスの理科系なハードSF的解釈が必要だとか、その人間観には訳していて絶望的に、虚無的になってしまうなど。『スンマ・テクノロジカ』を訳せといわれ、また落ち込むだろうなあとのこと。
 増田さんの挑発的な発言が多く、話を面白く引き出す。バラードをたくさん訳していると『太陽の帝国』はひっかかりがなさすぎて、間違いなくフィクションだとわかる(バラードほどの嘘つきはいないから)とか、そういうひっかかり(躓きの石と増田さんは呼ぶ)を残してあるのは、そこで読書スピードを落としてゆっくり読んで欲しいという作者の思いがある、なので読みにくくてもわざとそう訳すのだそうだ。
 訳者はどこまで自由にやって良いのかという問題で、宇宙人が関西弁を話すのはダメだろうとか、でもそういう(〈泰平ヨン〉の)深見節とか、翻訳者個人の芸を見せる芸風もある。また(増田さんによれば)ビショップやワトスンは実は英語が下手で、意図しなくてもひっかかる文章があり、それは訳者の方でちょっと盛って訳す必要があるのだそうだ。
 その他の面白かった話題など。翻訳をまたやろうとしている山田和子さんに来たオファーが、近未来ミリタリーSFだった。レムについてはロシアに超詳しい注釈サイトがあって、そこがなければとても訳せなかった。増田さんは図鑑の翻訳が多いのだが、図鑑の原文には明らかな間違いが多く、それを専門家に聞きながら直しており、だから日本版が一番正確なのだとか。嶋田さんによればペリー・ローダンが今度五百巻になり、千作を越えるところから新展開になって面白いので、読もうと思うならこれがチャンスだとか。日暮さんも山田和子さんと組んで宇宙画大図鑑や、中世からの女性科学者の本などをやっている。
 そしてきわめつけは、増田さんが、これからラブクラフトの全作品の訳し直しをやろうとしているという話。ラブクラフトは小説がへただという悪評があるが、これは間違い。ラブクラフトは散文詩を書いているのであって、そう見ればとてもわかりやすく、いい文章なのだそうだ。

暗黒星雲賞 日本ファンダム賞

 その後はホールで暗黒星雲賞やコンベンションの案内など。暗黒星雲賞は、例によって会場のとても混雑して移動しにくいエレベータなどが授賞されていた。
 そして、柴野拓美記念日本ファンダム賞。カッコに(柴野拓美「章」)とあるのは、そういうペンダントが贈られるので、漢字の間違いではないそうだ。その受賞者は、暗黒星雲賞をもう25年も主催されている暗黒星雲賞実行委員長のかとうさんだった。これは納得の結果だ。

 時間通りに終わったので、そのまま駅へ向かう。水木しげるさんの故郷はとなりの境港だが、米子にも水木グッズが溢れている。おみやげに妖怪饅頭を購入。でもこれって、もみじ饅頭の「類似品」じゃないのかな(決してパクリとはいいません)。

 いつものように、見たい企画が重なって見られないというやむを得ない問題はあったけれど、素晴らしい大会でした。スタッフのみなさん、お疲れ様でした。良い大会をありがとう。
 来年の第55回日本SF大会は伊勢志摩は鳥羽での「いせしまこん」。今度は7月9日〜10日で、完全合宿制のリゾートコンベンションだ。場所も近いので、たぶん参加することになるでしょう。それではまた。


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