内 輪   第271回

大野万紀


 あずまきよひこさんの「よつばと!」は単行本が出るたびに買って楽しく読んでいます。ジュンク堂西宮店では「ファンタジー系コミック」の棚にあって、日常系じゃないの?と、ちょっと違和感があったのだけど、よく考えたらそれで正しい気がする。
 もっとも最新の12巻はペンキで悪戯したり、キャンプへ行ったりと、ずいぶんリアル寄りですね。とりわけ12巻のペンキの話を読んでいると、うちの娘が小さかったころのことを思い出した。本棚にずらりと並べていたサンリオ文庫の背表紙に思いっきりマジックで落書きされたのだ。不用心だったとはいえ、白いサンリオ文庫の背表紙に、黒々とわけのわからん図形を書かれたのは、かなりのダメージだったよ。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『ソフロニア嬢、空賊の秘宝を探る』 ゲイル・キャリガー ハヤカワ文庫
 アレクシア女史のシリーズと同じ、スチームパンクなビクトリア世界(ただしその25年前)を舞台にした新シリーズの開幕である。
 今度の主人公はずっと若返って14歳の「おてんば少女」ソフロニア嬢。アレクシア女史もそうだったが、はねっかえりで冒険好きで好奇心旺盛、すごい美少女ではないかも知れないが、個性的で「見る人が見れば」けっこう可愛い、とまあ典型的なユーモア・ジュヴィナイル小説のヒロインである。
 俗物な母親や姉たちとは大違いな彼女は、上流階級の子女が寄宿生活する花嫁学校(フィニシング・スクール)へ追いやられることになる。ところがこの花嫁学校(と姉妹校の男子校)は何だか変。どうやら毒物や暗殺、女スパイとなる技術を教える養成所のようだった。吸血鬼や狼男のような異界族も先生で、友達となる新入生たちも個性豊か。アレクシア女史のシリーズに出てくる登場人物たちも、何人かその若い頃の姿で現れる。
 そしてその学校というのが、飛行船で空を飛ぶ空中学園だったのだ。ソフロニア嬢、大喜び。さっそく校則を無視して好奇心を満足させようとドタバタな活躍をする。何だか知らないが、学園は空賊に狙われているのだ。上級生の意地悪な美少女がどこかに隠している秘密の「試作品」が目的らしいのだが……。
 作者は本当に楽しんで書いているんだなあと思う。生き生きとしていて面白い。でもはっきりいってストーリーは行き当たりばったりで適当すぎるし、何でそうなるの、といった突っ込みどころも満載。キャラクターの造形も、いかにもデータベース的というか、とことんステレオタイプ。とはいえ、野暮な突っ込みは負け、という雰囲気で、このゆるゆるで大甘な空中ホグワースを楽しむのが吉。いや、面白かったもの。

『日本SF短篇50 (1)』 日本SF作家クラブ編 ハヤカワ文庫
 日本SF作家クラブ創立50周年を記念して、1963年から50年、毎年1編ずつ、SF作家クラブ会員(物故会員含む)一人ずつ重複なしに選ぶというアンソロジーである。1巻は1963年から1972年までの10年、10編が収録されている。
 しかし――瀨名秀明会長(今は元会長となってしまった)の巻頭言にあるこの趣旨は素晴らしいし、編集委員である北原尚彦、日下三蔵、星敬、山岸真、清水直樹の、作品選択の苦労は大変なものだったろうと思われるものの――このパズルのような作品選択はどうだろうか。選ばれた作品はいずれも良い作品だし、この制約の中で最善の選択だったに違いないのだろうが、それらは決して作者の最高傑作というわけではなく、何も無理してこんなパズルをする必要はなかったのではと思えてしまう。あまり厳密にせず、同じ年に複数作品あってもいいし、同じ作者が2作以上収録されても良かったのではないだろうか。
 とはいえ、収録作に問題があるわけではない。本書の収録作はぼくが中学生から高校生のころに読みふけった(いや63年ならまだ小学生だから、全てリアルタイムというわけではないが)作品であり、今読み返してとても懐かしく感じた。
 読み返して一番良かったのは半村良「およね平吉時穴道行」だ。風俗と人情のからむタイムスリップものは、洋の東西を問わず傑作が多いね。
 荒巻義雄「大いなる正午」もいい。こういうタイプのSFは古びない。ベイリーから山田正紀、円城塔まで続く、SFファンが(わけがわからなくても)陶酔してしまう作品である。
 筒井康隆「おれに関する噂」も久々に読み返したが、これも本当に傑作だ。21世紀のネット社会では、これが当たり前になってしまったのだなあと思う。
 昔読んだ時はあまりぴんとこず、年を取った今読んで納得できたのは石川喬司「魔法つかいの夏」。昔は、主人公の超能力が物語の中で意味をもっていないと感じていたのだ。SFとしてのアイテムにこだわりすぎていたのだろう。毎日人の死ぬ戦時下の軍需工場で、それでも恋をし無茶もする中学生たちの「日常」。それこそが「魔法」の正体なのだ。

『言語都市』 チャイナ・ミエヴィル 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
 漢字4文字のタイトルは創元SF文庫かと思うよ。
 2011年のローカス賞SF長編部門受賞作。遠い未来、辺境の惑星アリエカでは、人類は特殊な言語をもつ異星人の都市の中に〈エンバシータウン〉という居留地を設けて暮らしていた。アリエカ人との意思疎通のため、人類は「大使」と呼ばれる二人一組のクローンを育て、外交にあたらせていた。そんなある日、新任の大使エズ/ラーが母星から赴任して来る。彼の言葉はアリエカ人たちに麻薬のような働きをし、平和だった惑星は破滅的な動乱を迎える……。
 言語SFである。言語SFといえばディレイニー『バベル-17』やワトスン『エンベディング』が思い浮かぶが、ひたすら楽しい『バベル-17』はともかく、ワトスンなどはずいぶん難解だったという印象がある。本書はそのうえ構成も凝っていて、説明なしの概念や用語がはじめから続出し、なかなかにハードだ。もっともSFファンというのは、こういうわけがわからない状況から次第に話が見えてきて、やがて厳密に構築された世界が浮かび上がってくるという話は大好きなわけで、難解だ~とかいいながら、かえって喜んでいるわけである。実際、面白いし。
 とはいえ、異星人の言語構造が特殊でそのために世界観が理解しにくい、というのは、普通のハードSF的な難解さとは異なる。わからないのは世界の外部ではなく、内部、心の中なのである。異星人の心のありようがわからないなんて、当たり前のような気もするが、そこで「大使」という存在が描かれ、あたかもコミュニケーションができているように描かれるので、かえって混乱する。
 物語が進むと、アリエカ人の言語(ゲンゴ)の特殊性が次第にわかってくるのだが、それは果たして言語といえるものなのか、それでどうやって社会を維持し、文明を築いているのか。「ゲンゴ」にはもともと抽象化の力がなかったといっていいのか。もしそうなら、数学もなく、文明の発達もなかったのでは。突っ込みどころは多いように思う。
 そもそも本書の語り手アヴィスは、アリエカ人の「直喩」として存在しているというのだが、「直喩」「隠喩」「嘘」そして「物語」というのが本書の最大のテーマであるにもかかわらず、ちゃんと理解/納得できるかというと首をひねらざるを得ない。まあ表面的にはわかるし、後半の怒濤の展開を楽しむにはそれで十分だと思う。
 ネットでは後半の大きな物語的展開が評判いいのだが、ぼくとしてはそんな風に世界が見えてしまうと、ちょっと物足りないと感じてしまった。むしろ前半から中盤の、何だかわからないが次第に何かが見えてくるところがいい。アヴィスは宇宙船乗りでもあるのだが、ここで出てくる宇宙や、生物的な都市の姿といったSF的要素はとても素晴らしかった。

『SF JACK』 日本SF作家クラブ編 角川書店
 日本SF作家クラブ50周年記念の書き下ろし短篇集。12人の作者による12編が収録されている。
 冒頭、冲方丁の「神星伝」でまず「魂得た!(タマゲット)」。ニンジャスレイヤーっぽい文章で描いた和風スペオペだ。アニメ的な主人公たちが、SFやラノベの様々な要素をごたまぜにしたような世界で、派手に大活躍する。いやあ、これが実にかっこいいのだ。
 吉川良太郎「黒猫ラ・モールの歴史観と意見」はフランス革命から人類が死滅する未来までの、パリを舞台にした猫SF(本当は猫じゃないけど)。
 上田早夕里「楽園(パラディスス)」は死者の情報からシミュレーションされた電子データと暮らす男の話。本当の人工知能ではなくても、十分にそれらしいシミュレーションであれば、人はそれを人間的な存在と見なすだろう。この問題意識は、本書の他の作品にも繰り返し現れる、まさに現代SFの中心テーマだといえるだろう。
 今野敏「チャンナン」はタイムスリップを小道具に沖縄空手の謎に挑む。ちょっと単純だけど、興味のある人には面白いに違いない。
 山田正紀「別の世界は可能かもしれない。」はあるべき世界を巡る二つの勢力(二人の人間に集約される)の戦いが東京の地下で戦われる。迫力満点だが、使われる用語に作者らしいひねりがあって、やっぱりそこがわかりにくい。
 小林泰三「草食の楽園」はネットでよくある極端な議論をそのまま宇宙へもっていったような、皮肉でアレゴリカルな寓話。面白かったが、何だかストレートすぎる気がした。
 瀨名秀明「不死の市」はサイエンス・ファンタジーとでもいおうか。トラディッショナルなバラッドが、遠未来の幻想的な風景と重なる。イメージは好きだけど、ここで唄われる科学技術への視点はとても厳しい。
 山本弘「リアリストたち」はバーチャルな感覚を中心に暮らすノーマルと、生身の体を重視するリアリストたちの価値観の違いを二人の会話によって浮き彫りにする。遠い未来ではなく、近い未来で起こりそうな話だ。
 新井素子「あの懐かしい蝉の声は」は、アイデアとしてはフレーム問題を扱っているのだが、情報過多なネット世界でのリテラシー問題としても読めて、わかりやすい。
 堀晃「宇宙縫合」にはびっくり。この短い短篇で、何と『果しなき流れの果に』をまるまる語り直しているのだ。もちろんこれだけ読んでも衝撃的で面白い時間SFなのだが、『果しなき~』を読み直していればさらに宇宙的な広がりもあって楽しめる。現代パートがとてもリアル。
 宮部みゆき「さよならの儀式」も近未来の人工知能と人間の関係を扱った傑作。意識と共感というテーマを、ひとひねりして苦い味わいを出している。
 夢枕獏「陰態の家」はSF的というか、むしろオカルト的なゴーストバスターものだが、これまたかっこいいなあ。堪能した。
 12編それぞれに独自の面白さがあって、じっくり楽しめる良アンソロジーである。


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