ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜063

フヂモト・ナオキ


ロシア編(その八) クルイジヤノウスカヤ/山田枯柳訳『死ねぬ人』Эликсир жизни

 クルイジヤノウスカヤ Вера Ивановна Крыжановская(1857〜1924)、って誰だよ。ブルガーコフに影響を与えたとかいうが、ネット上だとロシア語以外の文献が見つけられなくて大変。
 ロシア語のテキストは、ここにあるみたいだがなっ。

 ようやく最近になってフランスのロシアSFマニアが、なぜにNRFの Les chefs-d'oeuvre du roman d'aventure に聞いたこともない作家の本が訳されてますか、と話題にした模様。

 これが1928年の仏訳 L'Elixir de longue vie. Les immortels du terre 。その遥か以前に日本語に訳されていたってことで、びっくりだよ。

第一回 父母の死/第二回 不思議な客/第三回 廃屋の美人/第四回 先代の秘密/第五回 阿府の色町/第六回 二種の奇薬/第七回 無限の富/第八回 不思議な燈火/第九回 腕から赤い血/第十回 微分子の海/第十一回 曠野の花/第十二回 死体の側に不思議な影/第十三回 奇妙な一寸法師/第十四回 妖艶なナラ/第十五回 水のウヱネチヤ/第十六回 大理石の浴槽/第十七回 過去の果敢ない恋/第十八回 失望と哀愁/第十九回 沙漠やうな人生/第二十回 黒衣の訪客/第廿一回 不死の団体/第廿二回 永久の流浪者/第廿三回 幾億年前の岩と水草/第廿四回 妖女と巡礼者/第廿五回 暴風雨の夜/第廿六回 ベナレスの淫婦/第廿七回 天女の舞ひ/第廿八回 船中の惨劇/第廿九回 火の輪と亡霊の群/第三十回 熱鉄の船と海上の亡者/第卅一回 龍宮は秘密の島/第卅二回 時これ空/第卅三回 永生と恋/第卅四回 女優と妾/第卅五回 巴里の別邸/第卅六回 倫敦の孝行娘/第卅七回 秘密の箱/第卅八回 血染の襯衣/第卅九回 巴里の軽薄紳士/第四十回 裸体の貴婦人/第四十一回 永生の悲み

 ロンドン在住のラリフ・モルガン・ウエリウエルトンはまだ30歳ちょいの医者だったが病気がちで長生きは無理だろうな、どうにか不死を実現する薬ができんもんか、などと夢想してるところに、謎の訪問者ナラヤナ・スプラマーチなる男が現れる。彼は霊薬の力で不死者となっていたが、生に倦み死を願っているのだという。
 ナラヤナはラリフの血により、その不死性を無効化し死に赴き、ラリフに不死と、自らの財産を与える。
 不死者となったラリフにナラヤナは財貨のみならず、謎の美女ナラをも残していた。
 ナラヤナの後継者となったラリフの元に不死者の団体が接触してくる。その一人、アガセエルは世に「さまよえるユダヤ人」として知られる人物だが、キリストとはあったことがあるけれど別に呪いにかかっている訳ではなくて、単なる不死者なのだという。そして世間で「さまよえるオランダ人」として知られる男、ダギールは、元海賊でアガセエルに霊薬を貰って不死者となったのだという。
 果たして、この不死者の団体の目的は…、という展開に持っていかずに、永遠の生を補助線に人生を省察する方向で無難に、というか地味に締めてあるので埋もれてしまっているのかねえ。

 新聞広告の紹介文はこんな感じであった。

死ねぬ人とは抑も何者ぞ生あれば死あり是れ世間の常道なり然るに自ら死せんとするも死する能はず埃及のプトレミー王時代より十九世紀末までも生存し世人が死を恐るるが如く生を恐れ遂に英国の一医士に後を託し初めて死の平和に入る。人生の秘密と生活の真意義とは悉く本書に於て之を記述して余す所なし真に現代の一珍書たり

 翻訳した山田枯柳(豊彦)(1875〜1945)もよくわからない人で、日本正教会とかかわって、ロシア語を学び、<裏錦>にホーソン、ディケンズ、ツルゲーネフ、モーパッサン、ドストエフスキーを紹介。<正教新報>の仕事もしていたようだが、1909年に同紙を離れたという報道が残されている。1917年頃には売文社にかかわっていたようで、<新社会>の新刊紹介欄に山田の著訳書が出ている。もっともタイトルが『死なれぬ人』と間違って出ているし、「露国の閨秀作家クルイジヤノウカヤ女史の原作、訳文は手に入つたものである。」としか書かれてないけどね。
 1919年あたりから<自動車及交通運輸>海外事情を伝える記事を書いているのが目につく。その中の「古今独歩復讐奇談ヒユーマン・タンク」は前年の<武侠世界>にも松本芳山「新発明の甲冑を着て法廷を荒廻る乱暴鍛冶屋」として出た、人力「アイアンマン」の話。法廷での判決に逆恨みをした男が20年かけて武器をてんこ盛りした戦闘用スーツを開発して、裁判所を襲撃して取り押さえられたという事件の記事である。
 雑誌の記事で読むとなんか凄そうなんだが、ネットで拾えるアメリカの新聞記事だと結構しょぼい感じ。
 あと、枯柳は1921年10月の同誌に「火星の人」なる短い話を載せていて、これはどうも地球から火星に移民した遥か後代の人々の生活の一断面を記した話。多分翻訳SFなんだろうけれど、なんせ断片的でよくわからない。
 関東大震災あたりを境にほとんど活動がたどれなくなるんだが、まだ、いろいろと埋まっていそうな気もするな。


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