続・サンタロガ・バリア  (第120回)
津田文夫


 今年も半年が過ぎて、毎日何をしてきたのか思い返せないうちに、また後の半年も過ぎていきそうな気配。

 しばらく「上々颱風」を聴いてないなあと思って、ググったら12枚目のアルバムと再録ベスト盤が出ていたので早速注文したのはよいけれど、12枚目のアルバムが届いたのは1月後だった。先に届いたベスト盤『風の祭り〜CARNAVAL〜』は、ジャケットのすばらしさに期待したけれど、初期のヒット曲の再録はやはりきびしいものがある。アレンジや音のヌケは文句ないけれど、やはりメインの女性ヴォーカルのジューシーさが原曲にくらべると大分足りない。ま、20年経っても同じ声を期待する方が悪い。と、ちょっとがっかりしていたら、品切れかと思い始めた頃届いた『上々颱風12〜土民の歌〜』が面白かった。十年一日のような造りではあるけれど、今の上々颱風の魅力をきっちりと出している。ストーンズの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のアレンジも上々らしいが、ジョージ・ハリスンに捧げたと思われるハレ・クリシュナ/ビートルズ時代を彷彿とさせる「ハレ・ハレルヤ」もたのしい。あっというまに全曲聴き終わった。そういや毎月『CDジャーナル』を端から端まで読んでいるのに、なんで気がつかなかったんだろう。

 ちょっと手を出しかねていた宮内悠介『盤上の夜』をようやく読み終えた。たまたま『SFマガジン』に載った短編を読んで、あれッこんな話を書く作家だったのかと思い、ようやく手に取った。創元のアンソロジーで読んだ表題作は、今回読んでも印象は変わらなかったけれど、その他の短編を読んでSFM掲載作と思い合わせると、この作家はそれこそ端倪すべからざる資質の持ち主ということが判る。作者の簡単な経歴からも山田正紀賞にうってつけの作家だろう。各短編にいちいち付けられた参考文献がこの作家の想像力の働き方を示している。こうして読み終わると「盤上の夜」の書きっぷりはSFM掲載作の書きっぷりと同質なのだと理解した。出来るだけ早く長編がほしい。

 どういう風に終わらせるのか、あまり期待しないで読んだロバート・チャールズ・ウィルスン『連環宇宙』は、なかなかの有終作であった。ま、不満はあるけれど。スピン解除後の(ほとんど現代と同じ)世界で、ある少年が綴った? 遙か未来の物語は、詰まるところオーソドックスな宇宙冒険譚ということになるのだけれど、問題の仮定体の正体はイングリス「夜のオデッセイ」やベンフォード「夜の大海の中で」にバーサーカー・シリーズを思い起こさせたうえで、ステープルドン並の超スケールで語られる。アメリカSFでは近年まれな大風呂敷で嬉しい。ウィルスンの語りは読み手を震撼させるタイプではないのが惜しい。それだからこそ読みやすいともいえるのだけれど。そういえば、巻末で未来の語り手が瓶に手紙を入れて流すというよくある例えを出してくるけれど、これってレンズマン・シリーズの最後にもなかったっけ。

 ハヤカワSFシリーズ・Jコレ10周年記念第2弾同時配本の2冊は第1弾の2冊よりは納得のいく出来だった。

 花田智『天狼新星』は、元は演劇の脚本だったとは思えないくらいSF小説らしいSF。読後の印象は異常によくできるファン・ライターが書いた理想的SF、というものだった。ライト・ノベル的キャラのやりとりがおもしろいコンピュータ・ルームと伊藤計劃の作品や戦闘ゲームを思い起こさせる電脳空間の斥候小隊を描き、ヴァーチャル空間の現実空間への浸食をめぐって物語は進行する。読んでいる間はテンポのよい言葉のやりとりが物語のリアリティを支えて読者に物語の外観を考えさせない。それがこの作品を理想的と感じさせる理由だろう。だけれど、よく考えてみるとこの世界はオフィスと電脳空間しかないわけで、これが元々舞台劇であることに得心がいった。

 一方、八杉将司『Delivery』は、主人公が気絶する度にクルクルと場面転換が起こり、舞台がどんどんスケール・インフレを起こして『連環宇宙』より面白いかと思わせたけれど、ちょっと結末が弱かった。でもこの作品は高く評価したい。八杉将司の作品は日本SF新人賞のデビュー作から読んでいて、どこか物足りないのだけれどわりと相性がよい。前作が野心作としてその意気やよしといった趣きだったし、これも野心作ということを読者によく伝える書きっぷりで、読んでいてワクワクするところが多い。撫荒武吉の美しい表紙イラストと作中の「プラセンタネット」の設定が頭の中で一致したときはちょっとしたセンス・オブ・ワンダーを感じた。これは売れて欲しいなあ。

 新☆ハヤカワ・SF・シリーズがジュブナイルで始まったことに驚いたけれど、読んで納得の1冊だった『リヴァイアサン』の続編、スコット・ウェスターフェルド『ベヒモス−クラーケンと潜水艦−』は続編としてのノリの良さが素晴らしい1冊。SFとしては「異動都市」シリーズの方が破天荒でヘンだけど、こちらは十分に展開された語りの魅力がある。ジュブナイル特有の予定調和/ご都合主義がまったく気にならないほど話がうまいのでハラハラドキドキが適度に楽しめるし、ダーウィニスト/クランカー世界は『ボーンシェイカー』同様、ワンダーはあってもセンス・オブ・ワンダーはない世界なのに、まるで遊園地みたいに愉しい。こういう揺るぎない語りの技術はまだまだ日本のSF作家に足りないと思えるなあ。
 サブタイトルをめぐっての役者と編集者の突っ張りあいが可笑しい。ま、訳者の勝ちでしょ。
  


THATTA 290号へ戻る

トップページへ戻る