岡本家記録(Web版)(読書日記)もご参照ください。一部blog化もされております(あまり意味ないけど)。


 ということで、ここでは上記に書かれていない記録を書くことになります。本編は読書日記なので、
それ以外の雑記関係をこちらにまわしてみることにしました。

 THATTA関係者にもリストラの影響が及ぶ今日この頃です。評者も例外ではありませんが、まあそれはさておき、今月はブックレビューです。

Amazon『闇の国々』(小学館集英社プロダクション)


ブノワ・ペータース作・フランソワ・スクイテン画
『闇の国々』(小学館集英社プロダクション)


Les Cites Obscures,2012(吉永真一・原正人訳)
デザイン:セキネシンイチ制作室(関根信一+森敬太)


 伝統あるバンドネシネ(ベルギー、フランスなどフランス語圏のコミック、及び派生した芸術作品)だが、評者のように海外コミックの読者ではない者にとっては、まだまだ未知の分野といえる。しかし、最近は本書を含む叢書(ShoProブックスや、BDコレクションなど、欧米の代表的コミックを網羅)が日本独自に編纂され、誰でも簡単に接することができようになった。『闇の国々』は、1983年から2009年にかけて、フランスで12巻にわたり刊行された人気シリーズから、3巻分を厳選した傑作選である(朝日新聞のサイトでも紹介された)。

 「狂騒のユルビカンド」(1985):理想都市を夢見る都市計画建築家に、未知の材質の立方体が届けられる
 「塔」(1987):無限に伸びる塔を補修する主人公は、ある日孤立無援の作業に疑問を感じるようになる
 「傾いた少女」(1996):ある事件から、重力の影響を斜めに受けるようになった少女の冒険譚

 これらは一連の架空世界、《闇の国々》を舞台とした作品だ。未知の立方体は、建築家の夢を打ち砕くように、無限の速度で増殖し、都市の秩序を崩壊させていく。バベルの塔を思わせる石造りの建築物をひたすら修理する補修士は、塔の先端で尚建設を続けているといわれる開拓者を探す旅に出る。しかし、見つかるのは荒廃した現場だけだ。斜めにしか生きられなくなった少女は、行き場を失って放浪の旅に出る。やがて、本当の重力の源にたどり着くのだが。
 都市計画建築家(ユルバテクト)は、誇大妄想的な全体主義建築アールデコ風の建物とを組み合わせた町で、あらゆるものを管理しようとする。「塔」は、ピラネージ(18世紀の建築家)の独特の細密画の延長線上に空想された物語だ。主人公の名前(ジョヴァンニ)は、この建築家から採られている。しかも、オーソン・ウェルズ本人から許可を得たという容姿で描かれている。傾いた少女は、ロケットで到着した世界(別の重力に支配された世界)で、ジュール・ベルヌと称する人物と出会う。既存フィクション(建築計画、絵画、映画、小説)と、本書自身のフィクションとが融合しているのだ。
 フランス作家と、ベルギー画家のコンビで描かれた濃厚な幻想コミック。スクリーントーンなどは使わず、手書きのみで描き出された巨大建築物が印象的だ(だから、ピラネージとも比較される)。日本のマンガともスチームパンクとも異なる。どこか、山野浩一らの70年代ニューウェーヴや、テッド・チャンのファンタジイを思わせる。もともとフランスでもバンドネシエの作品は、高価なハードカバーで刊行される例が多い(読者層が限られる所為もあるだろう)。そういう意味で、本書のようにエッセンスを1冊で読めるのはお買い得といえる。造本から見ても、所有する満足感が味わえる豪華なコレクションだろう。とはいえ、A4サイズの大判で400頁、価格も4200円となると、手軽に読み始めるにはハードルが高い。深い幻想に浸りたい読者に向く。

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