内 輪   第247回

大野万紀


 震災について。色々と思うことはあるのだが、どうも言葉にならない。津波で流された町の映像を見ると、まるで「大破壊後の世界」テーマのSFのようだが、ローカルな災害とSF的なグローバルな災害は違う。いかに悲惨な状況でも、まわりに日常世界があれば、いずれは復旧することができる。それがぼく自身の経験でもあるし、実感するところでもある。絶え間ない空襲に見舞われた戦時中の日本にも、16年前の破壊された神戸にも、たとえどんなにやりきれなくても日常の暮らしはあった。日常は、連続性を担保する。ま、そういうわけで、何とかいつもどおりに日常を過ごしていこうと思うのです。
 もちろん、今回の災害は1000年に1度という大災害です。これまでと同じというわけにはいかないでしょう。それでも、きっと大丈夫、と信じます。
 16年前と大きく違うのは、良くも悪くもネットの存在感でしょう。Twittweでは、われらが菊池誠さんが積極的に書き込みを行い、誤った知識や流言に立ち向かっています。正しい知識があれば、そしてできるだけ正しい知識を得ようとするならば、パニックに陥らず、むやみな不安ではない正当な恐れをもって状況を判断することができるだろうと思います。いまこそ『銀河ヒッチハイク・ガイド』にもあるとおり、「Don't Panic」です。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『郭公の盤』 牧野修+田中啓文 早川書房
 牧野修と田中啓文の合作長編。伝奇ホラーで、最後は何と怪獣小説だ。
 牧野修が色々とシチュエーションを作って、それを田中啓文がまとめていったということだが、最後の結末を除き、驚くほどきれいにまとまっており、読み応えがある。結末はいくら何でも急ぎすぎ。
 イザナギ・イザナミにまで遡る日本の謎。恐るべき力を持つ〈郭公の盤〉とは何か。音楽探偵がその謎を追う。右傾化する日本を陰で支配しようとする宗教組織。山口の寒村で起こったヒルコに関わる事件。非正統的な芸術であるアウトサイダー・アート専門の美術館では、精神病院の音楽療法から生まれたアムネジアというバンドの展示をしようとしていた……。
 というように、様々なパーツが不気味に積み重ねられていく。基本的に伝奇小説としての筋が通っていて、皇室と関係のある音楽探偵という設定も面白く、キャラクターもきちんと立っている。もちろん途中から消えてしまったり、重要でなくなったりするパーツもあったりはするが、あまり気にならない。少しずつ解かれていくオカルト的な真相が面白くて、どんどん読み進められる。まあ、最後はちょっと発散してしまって無理やり収めた感が強いのだが、東京スカイツリーをぶっ壊す怪獣小説になるとはね。それはそれで面白いので、もっと書き込めば良かったかも。全体として見れば、本書の合作は成功だったといえるだろう。

『TYOゴシック』 古川日出男 モンキーブックス
 TYOは東京の記号。9編が収録された連作長編。とはいっても、文体は詩の文体で、ストーリー性はなく、物語を語るよりも、場面を、感覚を、動きを語っている。
 装丁がかっこいい。東京の夜景を俯瞰した、美しくも不思議な記号的な画像だ。この東京、記号としての東京、データベースの中に、心の中に、地図の中に存在する東京に、血に飢えた怪物が現れて渋谷を徘徊し、人々を虐殺する。コンビニやファミレスには、フルーツに擬態した怪しい果実が現れる。鰓のある男と魔女とが会話し、都内の森や、東京であって東京ではない伊豆諸島や、蝉の一生や、山羊や犬や猫や、そして人間が、オートバイが、本書の中に生息し、走り回っている。そして激しい暴力、破壊。
 というわけで、やはりこれは〈怪物〉のコトバで語られる東京という都市のおとぎ話なのだ。都市と怪物というのは実に相性がいい。中でも「怪物魔女天使OL」というのが好きだ。いったいそれは何なのか、といわれても実はさっぱりわからないのだが、とにかく力強くパワーがあって、かっこよくて素敵だ。つまり、都会の怪物くんだ。幻想的というのともちょっと違う、やっぱり詩みたい、というのが正しいのかな。

『ダイナミックフィギュア』 三島浩司 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 上下巻の大作。究極のリアル・ロボットSFと帯にあるが、まさに表紙に描かれているとおりの人型ロボット=ダイナミックフィギュアに搭乗した若者たちが異星の怪物と戦う、「エヴァンゲリオン」を強く想起させるSFである。
 太陽系外からやってきた謎の渡来体=カラスが地球の軌道を取り巻く軌道リング=STPFを建造。それは人間を始めとする地球の生物に”究極的忌避感”と呼ばれる肉体的・精神的苦痛を与える作用があった。やがてカラスを追ってやってきた別の渡来体=クラマが、激しい宇宙戦闘の末、カラスのほとんどを撃退。しかし、破壊されたリングの一部が四国の剣山に落下。その周囲が”化外の地”と呼ばれる”究極的忌避感”を引き起こす、生物の住めない土地となり、さらに謎めいた怪物”キッカイ”が跋扈するようになった。
 日本は”究極的忌避感”に強い特殊な人間=ダルタイプの若者を、強力な対渡来体兵器ダイナミックフィギュアのパイロットとして、キッカイに立ち向かわせる。本書は、そんな若者たちの物語だ。
 この戦いは人間相手の戦争とは違い、敵の襲撃に予測可能な波があったり、あまり戦略的な知性を感じさせない、むしろゲーム的といっていいものだ。だから四国では激しい戦闘が続いていても、国内は比較的安定しており、変わらない日常が続いている。しかし、物語は当初のエヴァ的な、どこかゲーム的でありながらリアルな戦闘ものから、しだいに宇宙的な倫理のテーマへと比重が移っていく。力作である。ただし、SF的には興味深いテーマではあるけれど、小説としては前半の緊迫感が薄れ、後半はやや息切れしたように思う。

『エンドレス・ガーデン』 片理誠 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 去年の積み残しの一冊。ようやく読み終えた。副題は「ロジカル・ミステリー・ツアーへ君と」。
 人類がほぼ滅んだ時代、量子コンピュータの中に作られ、数千年続いたこの仮想世界にも滅亡の影が迫っていた。システムダウン寸前のこの世界を救うため、目覚めさせられたのは少年エンデ。蛾の妖精の姿をしたメインOSの疑似人格である少女モスは、彼にこの世界を救うため、40万の住人の作り上げた〈不可侵特区〉を一つ一つ巡って、そのどこかにある10個のアクセスキーを探すよう依頼する。かくて、少年と少女の、謎をクリアしつつ幾多の小世界を旅するゲームが始まる。
 まさしくゲーム、それも謎解きのパズルゲームが仕掛けられた世界なのである。失敗するとリセット。何度も何度もやり直し。40万のイベントをクリアするまで(まあ本書で書かれているのは、アクセスキーのある10の世界だけだけれど)。
 分厚い小説であるが、いわば連作短編集となっており、とても読みやすい。主人公がとても前向きで、基本的にはハッピーな方向性があり、楽しく読める。全体をまとめるSF的ストーリーはちょっと弱いような気がするが、一つ一つのイベントがよく考えられていて面白い。ゲームブックの世界や、カードゲームの世界が特に面白かった。「SFが読みたい!」では国内14位になっていたが、もっと上位に入るに値する作品だと思う。

『人造救世主 ギニー・ピッグス』 小林泰三 角川ホラー文庫
 過去の偉人たちの遺伝子から生み出された若き”超人”たち。悪の組織MESSIAHのもと、彼らは一人一人特別な超能力をもち、残虐な悪行を繰り広げる。その初期作品である一桁ナンバーたちは、MESSIAHから脱走し、彼らを追う二桁ナンバーたちと壮絶な戦いを繰り広げる。偶然その戦いに巻き込まれたのは、ちょっと天然な女子大生ひとみ。一桁ナンバーの一人、人類の敵と呼ばれた男のクローンであるヴォルフは、彼女を助けつつ、後から後から追ってくる敵の超人たちと戦い続ける。
 ま、何というか、超人ヒーローものであり、山田風太郎の忍法帖みたいでもあり、ただし、かなりグロテスクなパロディっぽいストーリーである。はっきりいって笑える。2作目にして物語の背景が少しずつ見えてきたところであるが、まあ設定はあんまり重要ではないように思う。ひたすら超人たちのグロテスクな戦いが手を変え品を変え続くのだろう。この超能力がとてもユニークで面白い。まさに風太郎忍法みたいだ。さて3巻はいつごろ出るのかな。


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