ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜042

フヂモト・ナオキ


フランス編(その二十一) Teramond/阿武天風[訳]「黄金時代」(L'homme qui peut tout(1900)/別題Le miracle du professeur Wolmar)

 皆様、御無事でしょうか。って、読んでる人がいるのかどうかすらよくわからず手探りで書いてるんですが。うちでは本棚がひっくりかえって、ひん曲がってしまい涙。←この程度で泣いていてはいけません。

 さて、どうも脳手術で知能増進させられた人物が出てくるみたいやからこれはSFな。ハズと、フラグだけ立てて通り過ぎていたこの「黄金時代」(<冒険世界>1914年11月〜12月)。当時、拾い読みした幾つかのフレーズから、実験だからって犯罪者使うのはまずいよねえ、そこいらへんの気の良いおバカさんにしとかなきゃ、凶悪犯やったら当然、獲得した知能で超兵器使って世界征服だろ。当然オチは、世界破滅の一歩手前で、そいつがアホになって救われるとかいうやつに違いない、などと決め打ちしとったのだが、むむむ、読んでみると違っ。もうちっとひねくれたよくわからん展開。

 鉱物界にダイヤモンド製造法、工学界に永久機関の作り方、数学界には特定の円と同面積の正方形を作成する方法が送られて来て、学界騒然。謎の発明者の招請に応じ、鉱物学者フヰラレート・ブーカレル、技師ジョセフ・ウヱルクルシヱー、数学者アデマール・ダルチホールを代表とする調査団が軍艦プレジダン・ファリエール号で指定された北緯55度、西経25度の地点を目指す、ってところから物語は始まる。
 途中、墜落事故を起し死亡したリウパンプレー中尉をブーカレルの侍女ソヒーに変装していたウォルマール博士が、心臓と肺を取り出して手を加え再び移植して蘇生させる。
 会見した北極王と称する謎の発明者は、かつてこのウォルマールによって手術を受けた殺人犯ジャベル〜アリスチード・カジミール・ジュルスで、脳手術によって犯罪者の矯正が可能だという理論のもと施術された被験者だったのである。
 いや、なんか脳のまわりにこびりついてる悪いモンをかき出せば大丈夫、みたいな手術をやるんやが、結局だめじゃん。ということで、ウォルマールは学界を追われたのだが、実は効果があって、しかも知能が増進してたという次第。
 知識を得るため脱走して研究を進め、北極に気候改造して作り出した拠点から世に姿を現したジャベルは、世界を変革するプログラムが開始させるのだが、何をやっているのかはよくわからん。食糧そして貴金属やら希少なものを大量に流布させて世の中を逆転させるんだとかいっているんやが、そのメカニズムの説明は無し。ま、永久機関ができちゃうんだからな。どうもナノテク・ポスト・シンギュラリティなSFに出てくるコルヌコピア・マシン的なものが稼働しているものと思われ。
 この世界改造の動きに反発するのがドイツだが、地球の自転速度で到達するモノによってモニュメントが破壊されたことで屈服。要するに慣性をコントロールする装置が兵器とし使われているらしいがこれも細かい説明はなく、そんな状況で良く、こらヤバイと白旗をあげる判断ができたな偉いぞドイツ。
 着々と世界改造は進むが、どうも思ってたほど楽しくないな、と北極王は飛行機械で世界をほっつきあるいていて墜落、記憶を失い、南洋の未開の地でわりかし平穏に暮らすことに。そこで金鉱を発見して再び欲望を抱いたところで、オシマイ。

 なんじゃそりゃ。どうもフランス種らしいが、阿武天風ってフランス語できたっけ。誰かに下訳させたのをいじったか、持ち込まれた完訳を雑誌サイズにぶった切ったものか。
 原作はピエール・ヴェルサンを眺めていて判明。いやヴェルサンすげーな。ヴェル△。←それがいいたかったんかいっ。

 このGuy de Teramond(1869〜1957)、なぜか「黄金時代」の原作を含め東京大学の図書館に二冊もある。これらは関東大震災で東大が焼けてしまったんで、寄贈された南葵文庫旧蔵本だが、なんで南葵文庫に入っていたのかがまず謎やね。ゴーティエの子孫とかゆー話だから、ジュディット・ゴーティエがらみか。訳した人がいるぐらいなんだから、読んでた人がおったんかのお。

一応、章立てを転記しておく。

Ou l'Academie des Science est etonnee a juste titre; non moins, d'alleurs, que le monde entier
Ou l'Academie des Science parvint a faire entendre raison a M.Philarete Bourcarel et ce qui s'ensuivit
Ou le lecteur pourra parcourir le journal d'un passager du Zebre
De quelques phenomenes inexplicables qui survinrent a bord du President-Fallieres et de la conclusion qu'on chercha a leur donne
D'un sauvetage miraculeux et des evenements inattendus qui en decoulerent
Ou l'on franchit l'etape de l'histoire d'un crime a l'accomplissement d'un miracle
Ou de petites lueurs jaillissent, peu a peu, de grandes lumieres
Ou un monde nouveau va peut-etre surgir des ruines de l'ancien
Ou se brisent les ailes de l'oiseau blesse
La secret de la vie

 ちょうどクセジュ(白水社)からジャック・ボドゥ/新島進訳『SF文学』が出たので、チェック。やっぱり出ていないよ。改めてヴェル△。
 なお戦前の抄訳なので未訳扱いで順当だとは思うが、同書65頁の『怪物に囚われた若い娘』は本連載5回で取り上げた『地底の大魔王』。65、129頁の『猿』は連載25回の『影の秘密』なのでご参考まで。いや、紙幅がある本なら注釈があってもいいだろうけどクセジュ・サイズでは無理やな。ところで後者ルナール単独作のように書いてあるのはどうか。あと「分身たちはすぐに死んでしま」うわけではないと思うので、新島先生はぜひボドゥを呼び出して小一時間。

 この『SF文学』、入門書として楽しめるのかどうかの判断は年寄りにはつかんが、SFファンとして手に取った人には普段見ている光景を、ちょっと別の角度から見せてくれるところが新鮮で、面白いはず。
 ただし俺の場合は「ああ、こんなにフランスのSFがあるのに読めなくて残念」やなくて、「ふぉっふぉっふぉっ、フランスの人は、日本のSFが読めなくて可哀想やのお」だがなっ。
 次は、新島進氏自身の手に成るフランスSFが読めなくて、地団駄踏みたくなるような解説本を期待。


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