続・サンタロガ・バリア  (第98回)
津田文夫


 梅雨明け以来の暑さで夏バテ気味。夕飯後に寝てしまうという日も増えてきた。男の更年期というやつかしらん。

 ま、梅雨明け前にも早くからグーグー寝てたんですが。そんな時、滅多に聞くことが無くなったNHK-FMのクラシック番組を子守歌代わりに聞こうとしたら、吉松隆が「タルカス」の話をしていた。思わず聞き耳を立ててしまい、ちょっとボリュームを上げたら、オーケストラ編曲版「タルカス」が始まった。や、目が覚めました。東京フィルハーモニーに藤岡幸夫の指揮。今風に言えば爆演みたいなノリだった。早速ネットで調べると3月の実演を聞いた人の記事もちらほらあって、CDが7月に出るという情報もあった。で、CDを注文、ついでにちょっと買う気が失せていたEL&パウエルの「ザ・スプロケット・セッッションズ」も購入。

 CDでオケ盤「タルカス」を再度聞き直すと、細部がよく聞こえて、吉松隆の苦労ぶりがよく分かる。吉松はレイクにあまり興味がないようで、レイクの「戦場」はギターソロを無視、アダージョにしているけれど創意はあまり感じられない。基本はエマーソンのプレイを如何にオケで再現するかにある。もうちょっと機能性の高いオケでやったらもっと面白いかも。ストコフスキーやオーマンディにフィラデルフィア管弦楽団で「タルカス」を振ってもらうとか、夢想してしまう。現実的には弦が強いチェコ・フィルを藤岡が振るのがいいかなあ。このCDにはほかに黛敏郎「BUGAKU(舞楽)」とかピアノ協奏曲風ドヴォルザークの弦楽四重奏「アメリカ」とか吉松の弦楽オンリー版ロック組曲「アトムハーツ・クラブ組曲第1番」が入っている。黛の曲は割と有名な現代曲。洋楽理論でオリエンタル・サウンドを解析したような造りで、漢方を西洋医学で説明したという感じ。演奏はなんとなくポップ。ドヴォルザークのオケとピアノ版弦楽四重奏は、ピアノが大活躍するけれど、協奏曲と違ってカデンツァ(ソロ)がない。結構面白い仕上がり。チェコ・フィルとやるならピアノはラン・ランか。「アトムハーツ・クラブ組曲第1番」は「タルカス」序曲みたいに始まって、最後は12小節のブルースコード進行を繰り返すロックン・ロール。76分の長時間CDで興味のある人にはお買い得かも。

 EL&パウエルの方は、ライヴがちょっと辛い感じだったのだけれど、こちらは面白い。リハーサルだからちゃんとプロデュースされてなくて、レイクのヴォーカルにディレイが掛かっていたり、エマーソンのプレイがムラ気で特にレイクの歌ものの伴奏が手抜きだったり、ホントいい加減なんだけど、それがいい。レイクの声の調子がいいのがよく分かるし、パウエルのドラムのストイックなまでにタイトなスタイルがよく分かる。ホルストの「火星」はパウエルのドラムを聴く曲で、そのリズムのタイトなことがドラム・ソロも含め際だっている。しかし、そのタイトさがELPの楽曲とプレイのユルさを殺す方向に働くため、自由度が損なわれるのだ。ライヴの聞き苦しさの一因はやはりパウエルのタイトなドラムにあると思う。

 積ん読になっていた阿部和重『ピストルズ』を読む。『グランド・フィナーレ』を読んでないので、神町サーガのつながりにやや不安を覚えつつ読み始めたけれど、読んでいたとしてもどうせ忘れているのだから無問題だ。話は狂言回しの語り手(町の書店主)が、超能力を代々男が受け継いだ家に女しか生まれず、四女の末娘がその能力を受け継いで・・・というのを小説家になった姉の一人から聴くというもの(これで660ページを持たせるのがすごいところか)。語り手自身が過去に起きた神町の事件に関わっていて内心忸怩たる心根の持ち主なので、その事件にこの一家が絡んでいたことを知ることでその事件の裏の構図にリアリティを持って聴くことができる。いや読者もそこへ参加させられてるわけだけど。『シンセミア』ほどのスケールは無い代わりに、ファンタジーの質はより高まっている感じだ。どちらも戦後史の時間と空間を扱って、いい線行っている。サーガというには線が細いかも。

 何だかよく分からないがSFだというので読んだバーナード・ベケット『創世の島』。もうそういうヒトも少ないだろうけど映画『猿の惑星』をはじめて見たとき(13歳だった)の感触を思い出す。でも、もはやすり切れるほど使い回されたものに驚いてくれる読者がいまでも沢山いるのかなあ。口頭試問劇で未来史を語るのも、よくできてはいるけれど、オチを使うことで話が広がったのか台無しになったのかよく分からない。語り手はどこにいるのか。昔の短編SFみたいだ。

 円城塔のおかげで復刊なったという金子邦彦『カオスの紡ぐ夢の中で』は、「複雑系/カオス」に関する変なエッセイと小説と称するものを読むと現実の円城塔の作風がなんとなく納得がいく、でもちょっと小説と呼ぶには微妙な作品が収められている。「カオス出門」、「小説 進物史観(ワープロに「しんもつ」の誤読とたしなめられる)」+「バーチャル・インタビュー −あとがきにかえて」がこれまで誰のアンソロジーにも再録されかったのはわかるとして、それでも注目作ぐらいには知られていてもよかったのに、と思わせる面白さ。それにしても円城塔のブラフはすごいなあ。

 好調らしいので何よりな大森望編『NOVA2』は、妙に印象に残る作品と既に忘れた(もしくは内容を理解できなかった)作品が入り交じっている。オリジナル・アンソロジーでは仕方のないことだけど。一番印象的なのは東浩紀「クリュセの魚」。ここまでプロパーかつ由緒正しい日本SFを書いてしまうとは。こういうSFがいっぱい書かれていた時代がいつかの日本にあったのかと、読む方の時間線が疑われるくらい懐かしい。一方、宮部みゆき「聖痕」はそこへ落とす為のミスリードが楽しいが、やっぱり邪道でしょうという一作。倉田タカシのタイポグラフィ作はとても疲れる。ノドの印刷が辛いよね。津原泰水は異形コレクション向きだけどよくできた短編、うまい。西崎憲「行列−プロセッション」は誰でも夢想する話だが、見事。ムーディ・ブルースかね、ちょっと違うか。全体として、いいアンソロジーになってると思います。

 チャイナ・ミエヴィル『ジェイクをさがして』は、作家の魁偉な容貌が思い浮かぶこわもてな短編集。中程の分かりやすい作品を前に持ってきた方が取っつきがよかったような。そんなレヴェルじゃないか、この強面ぶりは。印象は、ここまでクトゥルーを利用していたのか、というもの。クトゥルーをマトモに読んだことがないのに、そんな印象を持っていいのかとも思うけど、まあ印象は印象だ。「仲介者」なんか、一瞬、「世界文学かい、こりゃ」というところもあるんだけれど、基本はホラーだよねえ。よく考えると普通にSFしてる話なんかないのに、なんかSFのエッジな感じするのは強面ぶりが効いているのかな。よく分からない短編は単にヘタクソなのかもしれないけれど、ヘタクソと呼ぶにはコワモテの威が勝っている。


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