内 輪   第236回

大野万紀


 表紙の方にも書きましたが、ここのところ初夏のような陽気になったかと思うと雪が降りそうな寒さになったりと、異常な天気が続いています。太陽黒点も少ない状態が続いているというし、アイスランドでは火山が噴火。地球温暖化より先に氷河期が来たりして。
 アイスランドの火山は氷河の下から噴火しているんですね。凄い迫力。エイヤフィヤットラヨークトル氷河って名前も凄い。ほとんどファンタジーの世界です。それがグローバルな航空網に影響を与え、地球の反対側まで様々な影響をもたらす。われわれの生きる21世紀の世界は、なかなか大変です。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『狼は猫と狐に遊ばれる』 林譲治 幻狼ファンタジアノベルズ
 奇妙なタイトル。狼も猫も狐も、謎のテロリストたちの名前だ。100年後の未来、核融合宇宙船がテロリストに襲われて消息を絶つ。その数年後の地球で、密輸取引の現場を取り押さえようとするICPOの捜査官、鳴海は、そこで大虐殺の現場を見る。逃げたテロリストを追う鳴海は、その関係者の一人である女と行動を共にし、宇宙へと向かう……。
 と書くと、典型的なSFハードボイルドのようだが、読んだ印象はちょっと違う。まず、主人公の鳴海がかなりのダメ男。本当にICPOの捜査官なのか、と思うくらいおバカで、失敗ばかり。テロリストたちはすごい人間離れした能力の持ち主たちで、その謎を追うことが物語の一つのテーマとなる。そして真のテーマは未来のセキュリティ社会と、その中にぽっかりと開いた穴。機械の目で見えるものと、逆に見えなくなるもの。
 とはいえ、そういった本格SF的なテーマをこの物語の中で展開するには、ちょっと枚数が少なかったかも知れない。やや中途半端に終わった印象がある。謎のテロリストたちの造形には、ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』というか、『ブレードランナー』のレプリカントたちのイメージが強くかぶって見えた。

『氷上都市の秘宝』 フィリップ・リーヴ 創元SF文庫
 〈移動都市クロニクル〉の第3巻。トムとへスターはもう30代。一人娘のレンは世間知らずなわがまま娘で、平和なアンカレジに退屈している。そこへ盗賊〈ロストボーイ〉たちが〈ブリキの本〉という骨董品を盗みに現れる。好奇心と冒険心から、レンはそのたくらみに巻き込まれ、あげくの果てには彼らに攫われてしまう。トムとへスターは、レンを救うため、アンカレジを離れて〈ロストボーイ〉の本拠へ、そして水上都市ブライトンへと向かう……。
 このストーリーに、移動都市群と大戦争を続けている〈グリーンストーム〉のプロットがからんで、ブライトンでの大立ち回りと大破壊の後、物語は第4巻へと続くのだが、しかし何といっても本書で最も印象的なのは、1巻と2巻で傷をもつヒロインの少女だったへスターだろう。まさに死神、危険で非情な虐殺女だ。他の登場人物たちがおおむねいい人で、ジュヴィナイル的なだけに、この非人間的な個性は目立つ。こんなことになっちゃって、4巻はどうなるんだろうと、待ち遠しい。よく考えるとかなり無理のあるストーリーなのだが、大変面白く読めた。

『南の子供が夜いくところ』 恒川光太郎 角川書店
 独特の雰囲気で評価の高い著者の、今度の連作の舞台は南洋の島国。借金苦から一家心中しようとしていたところを、ユナという自称120歳の娘に助けられ、トロンバス島という、のどかな南の島で暮らすことになった少年。彼と、その周囲の人々にまつわる、時空を超えた7篇の短篇が収録されている。
 これまでの著者の小説と少し異なり、本書には日本的な日常性と幻想がそれぞれ境界をもって入り交じるのではなく、南方の、より直接的で、不思議と日常がごく普通につながっているという感覚がある。帯の「そこでは不思議はあたりまえ」というコピーがぴったりだ。
 そこでは恐ろしいことも起こるが、ホラーというよりは幻想的で、魔術的な世界。沖縄よりももっと南。フィリピンとか、ミクロネシアやポリネシアの、海とフルーツと熱帯の植物と、魔法と呪術と海賊たちの世界。どこか諸星大二郎のマンガにも似て、ユーモラスな雰囲気にも溢れている。現代でありながら、遠い昔ともそのままつながっている、家族や部族や島々の、祖先の記憶が人々の間で生きている。読んでいてとても心地よい。まるで南国の風に吹かれているかのようだ。

『科学と神秘のあいだ』 菊池誠 筑摩書房
 この世に神秘はあり、奇跡も起こる。それは確かに個人のリアルの中にある。しかしそれは、客観的、科学的には神秘でも奇跡でもないものかも知れない。科学と神秘は矛盾しながらも両立する。われわれは、そこに「折りあい」をつけることを模索しなければならない。
 そう語る著者は、昔からのSFファンで、ロックを愛し、テルミンを演奏する物理学者。THATTAの仲間で、ぼくの友人でもある。客観的・合理的な科学者の精神と、SFのセンスオブワンダーや心を打つ音楽の力、知と感性を両立させ、折りあいをつけようとする姿勢にはとても共感できる。思考と想像力の自由さ、何でもありのファンタジーを愛しながら、そこに科学的な考え方という大きな枠を置き、固定化しないリアルと物語とのせめぎあいの中で折りあいをつけていく、それこそぼくの愛するSFであり、サイエンス・フィクションだと感じる。だから、本書は、科学的考え方と個人の体験におけるリアルをどう共存させるかというテーマのエッセイであると同時に、少なくともぼくにとっては、とても真摯なSF論として読める。
 ニセ科学、アポロの月着陸や9.11にからむ陰謀論、常温核融合のような境界的な領域、それにテルミン演奏の極意も含まれています。SFの疑似科学は大好きだが、ニセ科学はイヤだ(でもちょっと興味はある)という、そういう人にはとても納得のいくエッセイ集だろう。

『分解』 酒見賢一 ちくま文庫
 5篇が収録された短編集。以前に読んだことのある作品も含まれているが、いずれも読み応えがある。中でも「分解」と「童貞」の2篇は傑作だ。
 「分解」は拳銃にはじまり、人体骨格、そして人間の意識までをただひたすら分解する分解者の話。実技の講義の形をとっており、あからさまに即物的に、モノの分解の手順を詳細なマニュアルを語るように語っていく。シチュエーションは全くリアルというよりファンタジーなのに、この徹底してハードなリアルさはどういうことだろう。ほとんどハードSFだ。すごい力わざ的な傑作である。
 一方「童貞」は遙か古代の黄河流域を舞台にした、神話的な物語。神話的ではあるが、神秘性はなく、「分解」とは違う意味でこちらもひたすらリアリズムである。女系社会から男系社会へ変わろうとする時代、文明が興ろうとする時代の、神話的英雄の攻撃性を描いた物語だ。
 他の作品では、「泥つきのお姫様」、「この場所に何が」などがホラー風味、SF風味があって面白かった。

『去年はいい年になるだろう』 山本弘 PHP研究所
 山本弘の新作長編は、タイムトラベルがからむパラレルワールドSFで、倫理、モラル、善悪、選択肢と決定の問題をテーマにした「私小説」SFだ。これは作者の新境地だと思う。
 個人や狭い範囲の関係性が世界や宇宙に影響していくのが「セカイ系」というのだとすれば、本書は「逆セカイ系」といえるかも知れない。世界や宇宙の大きな問題が、個人や家族のような狭い関係性に影響し、それを変化させていく――東浩紀の『クォンタム・ファミリーズ』も同じような構造だったと思う。アンブローズの『リックの量子世界』もそんな話だった。
 本書では24世紀から人間そっくりなアンドロイドたちがタイムトラベルで2001年の世界へやってきて、9.11を未然に防ぎ、世界平和のため各国の武装を解除し、病気をなくし、飢餓や難民を救済しようとする。もっと日常的に、災害や事故、さらに殺人のような事件をも未然に防ごうとする。時間線が分岐し、パラレルワールドが現れる。
 世界を征服する善意の侵略者。アンドロイドの一人、美少女の姿をしたカイラが、SF小説家の山本弘のところにもやってくる。物語は、2001年の山本弘の視点から、そのような形での救済の示すものや、彼の創作活動への影響、そして愛する家族、妻や娘との関係性の変化について語っていく。もちろん現在の読者から見て微笑ましくなるようなサービスを加えることも忘れてはいない。パラレルワールドという観点から、さまざまな可能性を併置して、その倫理性を考えようとしているところはとても正統的にSFしているといえる。さらにいえば、本書には様々な選択肢の選択によって複数の未来を想定する、ゲーム的世界観が根底に見える。そこもまた東浩紀とつながっていくようだ。そして作者の最近の作品全てに通じることだが、本書でもまたAIのような異質な知性との共存が重要なテーマとしてクローズアップされている。


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