続・サンタロガ・バリア  (第94回)
津田文夫


 チェロを弾く友人が参加しているアマチュア・オーケストラの年1回のコンサートに行ってきた。去年は会場を間違えて聴き損なったので、今回は家を出る前に場所を確認していった。プログラムはモーツァルトのホルン協奏曲4番とブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」そしてベートヴェンの「英雄」。ホルン・ソロはオケのメンバーで大学生。CDでは何人もいる名手の名演が聴けるけれど、生でホルンの柔らかい響きを聴くのは良いものだ。ブラームスはセル/クリーヴランドで30年以上聴いてきたお気に入りの曲、生で聴いて素晴らしいと思うことは滅多にない曲でもある。今回はひとつの変奏を終えるたびに入る小休止の長いのが面白かった。「英雄」は堂に入った演奏で、ベートヴェンらしさが感じられるものだった。日本のアマ・オケが聴けるレベルでベートヴェンを普通に演奏するようになった。それだけ演奏者の層が厚くなったということなんだろうな(それはそれで別の問題があるけれど)。アンコールは「シャンペン・ポルカ」。最後にオモチャのシャンペンボトルを抜くところでタイミングを外したが、それもギャグみたいに見えて楽しかった。

 肉まんギターのyoutube新作30days Speed Shredが素晴らしい。投稿3日目で1万ヒットは伊達じゃない、ってこの映像をすでに30回以上リピートした人間の言うことじゃないが。曲は2分ほどのヘヴィメタ早弾き練習曲で肉まんは気持ちよくプレイしているわけだが、ちゃんとプロデュースされた肉まんの姿が麗しい。ミニスカ着物の着崩し方も、大きく巻き上げた髪もよく似合っているし、大きなマスクの上に覗く目の、視線の泳がせ方と首の向きを変える仕草が見るものを魅了する。最高なのは、弾き終わって目がほほえむところで、凄くカワイイ。この映像では静脈の浮いた大きな右手のゴツさが目立つけれど(逆ビアンカの手!)、それも含めて最高の出来だろう。みんな見るが良いよ。
 エマーソン・レイク&パウエルのライヴは未だ手に入れてない。クリムゾンの宮殿セットも見送ったし、恐るべしyoutube!だね。

 スーパー猫のガミッチ・シリーズを全部収めたことが売り上げにどれだけ影響するのか分からないけれど、ロートルSFファンには十分嬉しいフリッツ・ライバー『跳躍者の時空』は、とてもでこぼこした作品集。バラエティ豊かといえばそのとおり。でもなんでライバーがSF作家なのかはこの作品集からは余りよく分からないかも。どーでも良いじゃんそんなこと、ライバーのすばらしさが伝わればといわれれば、それもそのとおり。「骨のダイスを転がそう」と「冬の蠅」が作品としては白眉には違いないが、ガミッチ・シリーズや初訳の作品の楽しさも格別。何十年エンターテインメントとして書き続けた短編群が作者の死後もこうして日本語に翻訳されて未だ読者を魅了するっていいよね。

 タイトルと中身がミスマッチなSFマガジン編集部編『ゼロ年代SF傑作選』は所謂〈リアル・フィクション〉アンソロジーだけど、実は〈SFマガジン傑作選〉でしかも〈リアル・フィクション〉のみを対象にしたということで、バラエティに乏しい感じがするやや看板倒れな作品集。まあ、作品そのものは悪くないんだけれど。SFマガジンの小説部分を読まなくなって久しいにもかかわらず再読作品がいくつかあるのは、当時の自分がそれなりに 〈リアル・フィクション〉に反応した証拠なわけだけれど、その分ここでその面白さを再確認できたかというとちょっと怪しい。中では初読の秋山瑞人「おれはミサイル」が古めかしい形式のようで新しく、結構楽しめた。海猫沢めろん作品中の〈ふわふわ〉が耳に残る。

 積ん読になっていた小川一水『天冥の標T メニー・メニー・シープ』上下をようやく読む。小川一水がエンターテインメントの優れた書き手であることは十分に分かるのだけれど、長編に関してはちょっと保留気味である。特に長い長編、たとえば『第六大陸』や『復活の地』などに顕著なのだが、なにか浮ついた感じがつきまとう。それはキャラクターづくりの問題かもしれないが、基本的に敵役の造形が十分に出来ないうらみが残るのだ。この作品でも、以前より改善されたとはいえ、その弊を免れていない。小川一水は絶望的な悪を抱え込んだキャラクターを作ることが体質的にできない作家なのだろうというのがとりあえずの観測。短い長編や短編ではほとんど気にならないのだけど。早くも続編が出て、しかも第1作とはまったく別の舞台の話だというから、期待して読もうと思う。

 いきなり鏡明『二十世紀から出てきたところだけれども、なんだか似たような気分』が出て、ビックリする。本の装幀が晶文社風なのもビックリ。『本の雑誌』連載コラムの傑作(?)選ということで、かなりの部分が既読だと思ったけれども、読む上ではまったく気にならなかった。トイレでちょこちょこ読む本として楽しみにしていたところだったが、読み始めたらそれどころじゃなくなって、三日で読了。鏡さんの文章の中毒性は生半可でない。鏡さんを間近で見聞きしたのは、安田さんが鏡さんと大阪で会うというので付いていった時だけだけれど、その印象は強烈だった。30年も前の話だけどね。まとめて読んだこのコラムの印象は、オビの謳い文句にもあるように、まったくブレない鏡さんの感性が如何に大変なものかということだ。「自分の好きなことだけ書いてきた」が実際に30年も続くというのはちょっと類がない。本業の確かさが鏡さんの感性を保証しているのだろうと思うわけだけれど、それは鏡さんにとっては逆の話なんだろうな。


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