内 輪   第228回

大野万紀


 総選挙で社会が変わろうとしている今日この頃ですが(本当に変わるのかどうかは別にして)、個人的にもこの数年で色々と変わらなくてはいけない状況です。これまでわりと惰性でやってきているので、あんまり先のことは考えたくないのだけれど、この歳になるとそういうわけにもいかないですね。
 例えばわが家はまだ地デジ化していませんが、そろそろ考えないといけないかな、とか。TVだけでなくレコーダーのことも考えないといけないし、個人用のはどうするか、家庭内LANで配信できるようにするか、スカパーはどうするか、家族の意見も一通りじゃないし、お金もかかるし、考えていると面倒くさくなって、ま、今はいいか、と先送り。そんな話が色々と。まあ、そのうち何とかなるでしょう(われながら昭和の人間だなあ)。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『年刊日本SF傑作選 超弦領域』 大森望・日下三蔵編 創元SF文庫
 2008年の日本SF傑作選。なぜか書き下ろしを含む15篇が収録されている。マンガやエッセイ、ノンフィクションや短歌も含まれている。なお「超弦領域」というタイトルはそれっぽい四文字というだけで、深い意味はないとのこと。以下、収録の順に。法月綸太郎「ノックス・マシン」はハードSFの味付けでタイムトラベルを扱い、なぜ探偵小説に中国人を登場させてはいけないかを考察したバカSFの傑作。小林泰三「時空争奪」はクトゥルーネタとメタ時間での因果律を扱った、バカSFというよりもれっきとした時間テーマ本格SFの傑作で、とにかくこのアイデアは凄いと思う。ベイリーよりずっとまともだ。津原泰水「土の枕」は小作人の身代わりに戦争へ行った男の数奇な運命を描いた普通小説だが、短い中に凝縮された歴史が端正に描かれていて、とても読み応えがある傑作。この小説をSFの傑作選に含めたのは、その歴史的な時空の濃縮が、ある種SF的な感慨を誘うからだろう。『果てしなき――』の「それは、長い長い夢のような」みたいに。岸本佐知子「分数アパート」は日記風エッセイだが、何より分数アパートという発想が面白い。最相葉月「幻の絵の先生」は星新一の父親にからむノンフィクションで、これも短い中に歴史が濃縮されているのは「土の枕」と同様な読後感がある。倉田英之「アキバ忍法帖」は山田風太郎の忍法帖をオタクの世界に蘇らせた、これぞバカSF、というか、山田風太郎ファンにはたまらないバカ話。「土の枕」などと同じ短編集に収録されていていいのかと思うが、もちろんいいのだ。堀晃「笑う闇」は梅田地下ロボット漫才SFで、芸の世界にロボットを持ち込むと(菅浩江なんかもそうだけど)何とも味のあるいい話になるもんだなあ。小川一水「青い星まで飛んでいけ」はクラークへのオマージュとして書かれた壮大な宇宙SFで、なぜかあんまり評判が良くないのだが、ぼくは好きです。ただし、前へ前へ進もうとするクラーク的(SF的)な前向きさと、内に引きこもろうとする性向とのアンビバレンツがうまくかみ合っていない気もする。さて円城塔の書き下ろし「ムーンシャイン」はモンスター群という数学の概念を扱った数学SFといえるものだが、むしろ素数を擬人化した萌えSFとして読める。巨大数の素因数分解を直感的にできるようなサヴァン症候群があればとか、普通のSF的なアイデアもあるのだが、専門家でなければわからないような数に関するあれこれがたっぷりと含まれていて、小説として楽しむことはほとんど不可能に近いにもかかわらず、やっぱり面白い。この面白さもちょっと説明困難で、困ったものだ。アンソロジーの最後を飾るのは伊藤計劃「From the Nothing, With Love」。これは007をモチーフに、哲学的ゾンビの存在を扱った意識テーマSF。ただ、このテーマを扱うのに、この書き方が適切だったのか、という気がする。

『宵山万華鏡』 森見登美彦 集英社
 祇園祭の宵山に起こる怪異。きらびやかで和風で雑多で、またいつもと同じヘタレな学生たちも出てくるけれど、本書ではちょっと熱くて実行力があり、おバカなことに本気で、おまけにほんのりと恋模様もある。そして小さな女の子たちと謎めいた骨董屋と本物の妖したち。いつものモリミー本と同じモチーフが繰り返されてはいるのだが、より幻想味が濃く、エンドレス宵山に迷い込んだり、コンチキチンの聞こえてくる薄暗い路地に赤い風船、超金魚、表の世界と裏の世界が入り交じり、ひとつの事象にいくつもの現実がある。いやー、心地よく祭の夜の不思議に浸れる傑作でした。きらびやかな装丁とイラストも良い。現実の宵山なんて人だらけでとても行く気はしないが、雑居ビルの屋上にしつらえた金魚鉾の横に座って、宵山様と夜の京の街を眺めたいとは思う。すごく思う。

『ヴコドラク』 岡田剛 ハヤカワSFシリーズJコレクション
 近未来バイオレンス伝奇SFと帯にあるが、まさにそんな感じ。内戦が続く中国と台湾の間に緩衝地帯として作られた人工島、新台湾が舞台の設定は、攻殻機動隊の別バージョンか、それともブラック・ラグーンの別バージョンみたいで、ありがちだけど、重量感があり、吹き荒れる暴力劇の舞台として説得力がある。お話は、いってしまえば吸血鬼VS人狼・魔女連合の対決で、それに巻き込まれる人間たち(といっても特殊な能力を持つ公安局の女性捜査員やら、その道のプロたち)がからむ。メインのストーリーは母親を殺され、食われたという過去を持つ、呪われた運命を背負う青年の復讐譚といっていいのだが、その戦いの描写が尋常ではない。こっちもあっちも普通の人間じゃなく、肉体を咬み千切られ、四肢をもぎとられ、それでも平気で再生し、死んでも死なない、そんな連中の血みどろの戦いなのである。バイオレンス伝奇ホラーですな。作者はライトノベルでデビューした新鋭とのことだが、このどろどろの、それでいてどこかクールな暴力描写には独特なものがある。宗教性が前面に出ており、呪いと救いが大きなテーマとなっていることが関係しているのかも知れない。

『無限記憶』 ロバート・チャールズ・ウィルスン 創元SF文庫
 『時間封鎖』の続編。3部作の第2部にあたる。40億年後の未来、といっても”仮定体”による時間封鎖のせいで、ほとんど現代と変わらない近未来の日常だ。大きく違うのは、”仮定体”が作ったアーチを越えて、人類が居住可能な別の惑星”新世界”が存在していること、そして火星人類の手による発達した生命科学のおかげで(地球では非合法な)”第四期”と呼ばれる長寿人たちのグループが存在していること。物語は、”新世界”で、失踪した父親を捜す一人の女性を主人公に、彼女との行きずりの恋に落ちた、ちょっとアウトローな所のある男と、父親の失踪に関連があると思われる”第四期”の人々をめぐって、ロマンティック・ミステリみたいなストーリーが展開する。こっちは何というか、非合法な”第四期”の一部の過激派が行った超人(といっても”仮定体”とコミュニケーションができるかも知れないといったレベル)を作り上げるプロジェクトとからんで、普通の冒険SFっぽく(というか現代のハイテク・スリラーっぽく)日常的な想像力の範囲で展開していく。一方で、その”第四期”コロニーで超人として誕生させられた少年と、”仮定体”の物語がある。”新世界”に突然降ってくる謎の機械の灰。灰の中から生まれてくる、目のあるバラのような謎の生命体。こちらのイメージは、まるでストルガツキーの『ストーカー』のような、ホラーに近い幻想的な雰囲気があって、とても魅力的だ。普通の人々の物語の中に混ざった、異物である、理解を超えた存在とのギャップは、本書の一番のSF的な魅力となっている。部分的にバラードのようだったり、ティプトリーのようだったり、あるいは遠藤浩輝のマンガ『EDEN』を思わせるところもある。そういう意味では決して目新しいものではないのだが、すんなりとは解明されない人知を越えた謎と、ごく人間的な営みとの関わりが、前作同様にうまく溶け合っているといえる。完結編への期待も大きいが、謎は謎のままであってもいいような気がする。

『ノパルガース』 ジャック・ヴァンス ハヤカワ文庫
 伊藤典夫さんが突然翻訳したヴァンスの小品。一言で言えば、全ての地球人に取り憑いている精神寄生体を敵に回し、たった一人で戦うはめになった男の話。まあ特にヴァンスらしい話というわけでもなく、ごく普通に面白い、昔風のエンターテインメントSFだ。何よりも短くて、すぐ読めるのがいい。登場人物も少なく、派手な冒険もなく、舞台劇か心理ドラマ風のサスペンスがある。ちょっとパラノイアで、後味の悪いところもあるのだが、大目玉の化け物が人々の肩あたりにぷかぷか浮かんでいる絵を思い浮かべると、コメディ風にも読める。今の知識で読むとナンだが、ちゃんと科学的な説明もあり、りっぱにSFだ。ただ、途中までは面白いのだけれど、後半はちょっと無理がありすぎで、辛いところがある。ま、短いから良いのだ。


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