ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜020

フヂモト・ナオキ


ドイツ編(その六) グスタフ・マイリンクの巻

 この回、ドイツ編ではなくオーストリア編にすべきではないかという疑念がよぎる。いや、ヤセンスキーとかブーテの回でもいろいろよぎってたが、ま、その辺はルーズにすすめるということで。

 さて、グスタフ・マイリンク(Gustav Meyrink、1868〜1932)といえば、なんか小難しい大仰な小説を書く作家というイメージがあるのは、何故。
 映画『巨人ゴーレム』のせいで、17世紀あたりに活躍しとったゴチックな作家のように錯覚してしまうのは俺だけ? いや、<新青年>に訳された諸作を見れば、実にモダンな法螺話で、SFじゃ、SFじゃ、叫んでしまうこと請け合いなんやが。

 マイリンクは本名マイアー。ドイツ語圏だとマイアーだらけなんで、自分検索するとき不便なのでマイリンクにした(大意)という実に先見の明あり、な人物。

 戦前の訳として存在が確認できたのは以下の8点。先進社のは、この項を書くに当っては、再確認できなかったので、岡村訳との関連は不明。

「菫色の死」(向原明訳)<新青年>9(1):1928.1 * Der violette Tod
「やまひ」(上島統一郎訳)<新青年>4(4):1928.4.1 * Krank
「菫色の死」(林文三郎訳)<創作月刊>1(6):1928.6.1 * Der violette Tod
「ハサウエイ城の秘密」(荘川四十九訳)<週刊朝日>18(15):1930.10.1 * Das Geheimnis des Schlosses Hathaway
「標本」(岡村弘訳)<新青年>12(4):1931.3 * Das Praparat
「標本」(小松太郎訳)『怪談 ドイツ篇』先進社、1931.3.18(世界怪談叢書1)
「マッキントッシュの名刺」<新青年>12(11):1931.8増 * G. M.
「石油」(向原明訳)<新青年>14(10):1933.8増 * Petroleum, Petroleum

 ざっとどんな話か説明すると、「菫色の死」は『幻詩狩り』というかモンティパイソンのギャグ爆弾というか、禁断の「言葉」によって人類文明が「あっ」という間に崩壊する凄い小説。音声としての「言葉」がキーになっているので…ってところがミソなんですが、そこがネックになって新訳が不可能になってしまっとるのかねえ。インパクトのあるお話なのにっ。
 「やまひ」は短いスケッチのような作品なので、紙幅の都合でこれを選択して訳した説。「ハサウエイ城の秘密」、ゆるすぎるオチでがっくりして下さい。「マッキントッシュの名刺」は人々の欲望を煽り立てる一人の男に、まんまとのせられて町がぐちゃぐちゃになるお話。「石油」は戦後訳もありますが、意図的に流出させられた石油によって世界中の海水面が覆われ、地球が破滅に瀕するという物語。『燃える世界』です。←ほんとかよっ。
 「標本」は「チンデレッラ博士の植物」に似たテイストで、グロテスクな空間が描かれる、と、戦前には、モダニズムの文脈に十分のっかるということで訳されてたようなんだが、戦後はそのあたりがどんどん見えなくなる方向に紹介が進んだような気が。いや、<新青年>が原作以上に面白く訳しちゃってたとゆー説もあるけどねえ。

 デビュー作だという「灼熱の兵士」は、兵士の体温が、とめどなく上昇していく話で、当然、服は焼け落ち、仕方がないので石綿着てるとかいうバカ話。原稿を持ち込まれた編集者が、すかさずゴミ箱に捨てたというのも、作り話ではなく、ありえる気が。
 ともかく『ナペルス枢機卿』あたりを先に読んで、マイリンクはどうも、と敬遠してる人がいそうやが、そーではないマイリンクもあることを力説しておきたい。
 いや、バカ&グロを中心に据えたマイリンク短編集をどなたか実現していただけんもんかと切望して今回はおしまい。

 とりあえず英訳短編集はこちら

 戦後に訳されとる短編はこんな感じか。ああっ、<幻想文学>にブテという表記でBoutetの文章が訳されてるよ。

「絢爛たる殺人」(青江耿介訳)<ロック>3(2):1948.3  *Der Mann auf der Flasche
「チンデレッラ博士の植物」(種村季弘訳)『現代ドイツ幻想小説』白水社、1970.10.13 *Die Pflanzen des Dr.Cinderella
「灼熱の兵士」(麻井倫具訳)『現代ドイツ幻想短編集』国書刊行会、1975.9.15(世界幻想文学大系13) *Die heisse Soldat
「壜の上の男」(麻井倫具訳)『現代ドイツ幻想短編集』国書刊行会、1975.9.15(世界幻想文学大系13) *Der Mann auf der Flasche
「石油綺譚」(麻井倫具訳)『現代ドイツ幻想短編集』国書刊行会、1975.9.15(世界幻想文学大系13) *Petroleum, Petroleum
「こおろぎ遊び」(種村季弘訳)『ドイツ怪談集』河出書房新社、1988.12.2(河出文庫) *Das Grillenspiel
「J.H.オーベライト、時間−蛭を訪ねる」(種村季弘訳)『ナペルス枢機卿』国書刊行会、1989.4.21(バベルの図書館12) *J.H.Obereit Besuch bei den Zeit-egeln
「ナペルス枢機卿」(種村季弘訳)『ナペルス枢機卿』国書刊行会、1989.4.21(バベルの図書館12) *Der Kardinal Napellus
「月の四兄弟」(種村季弘訳)『ナペルス枢機卿』国書刊行会、1989.4.21(バベルの図書館12) *Die vier Mondbruder
「ヨブ・パウペルスム博士はいかにしてその娘に赤い薔薇をもたらしたか」(種村季弘訳)『綺譚の箱』筑摩書房、1990.5.21(澁澤龍彦文学館5)
「オパール」(前川道介訳)<幻想文学>(67):2003.7.7  *Der Opal


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