内 輪   第217回

大野万紀


 SF大会が終わったと思ったら、もう京フェスですね。京フェスというと秋深くなってからという印象があったのだけれど、最近はこのくらいの時期が多いようです。今年も本会・合宿とも参加の予定なので、どうぞよろしくお願いします。

 今月も読み終わった本の少ないこと。とはいってもどっちも強烈なボリュームなので、いつもの4、5冊ぶんくらいは読んだような気がします。まだ読み終わっていない本も同じようなボリュームの超大作ばかり。とても年間ベストの締切までには読み終わりそうにありません。ついつい短い本から手を出すことになりそうです。するとまた大物が溜まっていくという、悪循環ですねえ。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『乱鴉の饗宴 氷と炎の歌4』 ジョージ・R・R・マーティン 早川書房
 ふう。やっと読み終えた分厚い上下巻。とはいえ、視点人物ごとの各章は短く、決して読みにくいわけではない。話がね、暗くて重いの(本も重いの)。そして5巻へとみんな続いていくの。
 何人もの視点で語られるこの物語だが、この巻は5巻へのつなぎの巻という性格もあって、ほとんどのエピソードが完結しないで先へ続く。舞台はほぼウェスタロスに終始する(ブレーヴォスは〈狭い海〉の向こうだけれど、地図にないんだよなあ)。
 主なストーリーは息子トメンを〈鉄の玉座〉の王位につけて事実上のクイーンとなったサーセイ・ラニスターの、疑心暗鬼からくる宮廷陰謀劇を中心に、ヴァイキングを思わせる鉄諸島人たちの侵略、サンサを探す女剣士ブライエニーの放浪、そして高巣城へ行ったサンサと、ブレーヴォスへ行ったアリアの、スターク家の娘二人の物語、それから北の壁を守るジョン・スノウの命を受け、南へ向かったサムウェルの物語から成り立っている。その他、ドーン地方での陰謀や、片腕を失ったジェイミーのリヴァーラン城攻囲戦などもある。あいかわらずの波瀾万丈である。
 とはいえ、いずれの物語も3巻のような派手さはなく、大波乱前夜の重苦しいどんよりとした雰囲気に包まれている。サーセイの暴政により、ラニスター家の支配にも暗雲がたちこめ、いよいよこれから大変なことが起こるというところで5巻へと続くのだ。それが辛いところだ。
 残酷なクイーン・サーセイだけど、ラニスター家の面々はどこか人間くさくて憎めないところがある。本巻の滅茶苦茶な宮廷陰謀だって、深慮遠謀というより息子を守りたいバカ母の突っ走りというべきだし、ジェイミーはむしろ魅力的になっているし、これでティリオンが復活すれば、この三兄弟はキャラクターとして本当に面白い(悲劇的だけど)。無茶を承知で言えば、ドロンジョ様ご一行というか、いっそムサシ、コジロー、ニャース(!)の三人組だったりして。
 サンサをかくまっているリトルフィンガーも魅力が増している。アリアは何だかかっこいいスーパーヒロインへの道を歩んでいるし、サムウェルとの交錯も楽しみ。後は何といっても海の向こうのドラゴンとデナーリス様だ。早く5巻が出ないかな。
 ところで、本巻から訳者が岡部さんから酒井さんに交代している。これまでと訳語が変わり、人名も変わっているのでちょっと心配だったが、実際に読んでみるとこれはもう全然問題なかった。ジェイミーはジェイミーだし、ブライエニーはブライエニーだ。物語と背景の強固さ、一人一人のキャラクターの強さの前には、例え呼び方が変わろうとその同一性は何ら損なわれなかったということだ。

『量子真空』 アレステア・レナルズ ハヤカワ文庫
 こちらは文庫の1巻本だが、1200ページ。『啓示空間』の続編である。理科年表というか、文庫版の辞書というか。
 日本語タイトルはハードSFっぽいが、ハードSFというよりは紛れもない現代スペースオペラ、良い意味でのスペースオペラである(訳者は『カズムシティ』の後書きで「エンジニアリング系のスペオペ」という言葉を使っている)。光速度は越えないという縛りのもとに(とはいえ、慣性を制御したりするのだが)、準光速で飛ぶ超巨大宇宙船同士の、相対論効果も含めた宇宙戦闘が谷甲州風のリアルさで描かれる(そういう意味ではハードSFっぽさもありますな)。
 本書は『啓示空間』や『カズムシティ』それに短編集『火星の長城』と『銀河北極』に収録の諸短篇と同じ時間線にある〈レヴェレーション・スペース〉の宇宙史に属している。それらの作品を読んでいなくても独立の作品として読むことはできるのだけれど、やはり読んでおいた方がずっと楽しめるだろう(とはいってもどれも長いんだよねえ)。
 基本的には『啓示空間』の続編で、あのゴシック・ホラー風の宇宙船インフィニティがまた登場する。イリアもクーリも、そして〈船長〉も健在だ。孔雀座デルタ星系のリサーガム星に植民した人類を、太古より、銀河に発生する知的生命を抹殺することだけを目的として活動する機械生命インヒビターが探知する。インフィニティに積み込んだ〈地獄級兵器〉を利用してそれを阻み、リサーガム星の植民者たちを星系から脱出させようとするイリアとクーリのストーリーが片方にある。もう片方(こっちが本筋か)には、「火星の長城」で出てきたクラバインとフェルカの物語があり、こちらは連接脳派を牛耳るスケイドとの壮絶な追いつ追われつの大宇宙活劇が描かれる。やがて二つの物語は一つに合体する。
 キャラクターがそれなりに魅力的だし、ガジェットも面白い。ハードSF的な描写や戦闘シーン、そしてSFらしい大きな設定もあって、大満足ではあるのだけれど、とにかく長い。はっきりいって長すぎる。困ったことに若干水増し的な長さであって、もっと切り込めばずっと読みやすくメリハリのある傑作になったと思うと、残念だ。一応完結はしているものの、これでもまだ全然物語は終わっていない。次のAbsolution Gapが出るまでおあずけだ。
 宇宙史という面で見れば、ちょっとガチに作り込み過ぎではないかという点が気になる。相対論的な世界なのに西暦の年号を明示したりしているのは、光瀬龍風な雰囲気をかもし出すには良いが、よく考えると頭が混乱する。過去の事件についての説明も不必要なくらいに詳しくて、未来史というより全体で一つの大長編と見るべきなのかも知れない。コードウェイナー・スミスなんて、ほんの一言か二言の言及だけで、壮大な背景を想像させたりする、そういうエレガントさはこの長篇にはない。そういう意味では作者は実は中短篇の方が向いているのかも知れないと思う。


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