続・サンタロガ・バリア  (第51回)
津田文夫


 五月晴れの少ない5月だったなあ。ゴールデン・ウィークはぼろアパートに行って箱詰めされた本の一部を並べてみただけで終わった。樟脳の匂いでクラクラする。文庫の箱をいくつか開けるとダブリ本が何冊も出てきた。読む気のない本を何故2度3度と買うのか。10年以上前からボケとるなあ。
 グレッグ・レイクの最新ライヴDVDを見る。御歳58歳でおそらく自分の子供より若いギタリストに華を持たせながら、一所懸命昔の曲を唄っているレイクはそれでも興味深い。リハーサルでベンチャーズの曲(ベンチャーズのオリジナルじゃないと思うけど)をチョコっと弾いていたのを見て、60年代初めのエレキ・インストをグレッグ少年も練習したんだなあと妙に納得した。最近のプログレも聴こうとtoolの「10,000 days」を聴いたら、確かに90年代クリムゾンとリアル・ワールド・ガブリエルが合体したような音楽だった。ドリーム・シアターよりは大分マシだけれど他のアルバムが聴きたいというほどでもない。

 たまにはSFプロパーを外して何か読んでみようと思い、以前ちょっと気になったミシェル・ウエルベック『素粒子』を読む。珍品ですね。20世紀後半を舞台にルーゴン=マッカール風自然主義小説をでっち上げて作品全体の8割以上を費やし、「遺伝子戦争」的アイデアをぐっと陳腐化したような短いエンディング、オチは『マン・プラス』です。話は異父兄弟の悲喜劇が面白い。バカSFかなあ。

 田中哲弥『やみなべの陰謀』を読もうと本屋に行こうとしたら、コレが家にあるでしょと電撃文庫を渡されたので電撃文庫版で読了。大したコントロール力で作り上げた時間もの連作短編集というのが基本的な印象。関西の作家らしいベタなギャグの使い方もなかなか。終編「千両は続くよどこまでも」が一番面白く読めたけれど、どの一編も読ませる。

 マイクル・スワンウィック『グリュフォンの卵』は表題作をSFマガジンで読んだ以外は全部初読。良い短編集だねえ。見事なバリエーションと作品の質の高さは編者の手柄でしょう。どの作品にもプロパーSFの甘みが漂っていて、文学的な野心など薬にもしたくないようなファニッシュなつくりで楽しく安心して読めた。「クロウ」とか「犬はワンワンといった」とか上手いよなあ。もちろん『大潮の道』は好き。

 西島大介『アトモスフィア1,2』は増殖するドッペルゲンガーという基本設定でリアルフィクション(正体不明)を実現した作品。不気味にページを費やしたあげくのオチがアレだからなあ。コメント不能だよねえ。

 西島繋がりではないが大塚英志『キャラクター小説の作り方』を読む。以前奥さんが買ってきた『ザ・スニーカー』で最後の田山花袋『蒲団』を取り上げた最終講に当たる部分だけ読んでいたのだけれど今回全部読んでみた。やはり最終章とその前の「君たちは「戦争」をどう書くべきなのか」あたりが面白いだけで、小説の書き方についての種々の蘊蓄には対して興味が湧かなかったが、大塚英志が持っている引き出しはここでも明かで、民俗学とマンガをはじめとしたサブカル関係の実体験から得られた知識と思考がモノをいっている。

 J.G.バラード『楽園への疾走』は、以前東京駅近くの丸善でトレード版ペイパーバックを買って出だし部分を読み、情緒異常のガキと環境保護おばさんのラブストーリーかあ、と思って投げ出していたんだが、実はこれ、究極のバラード流内宇宙SFだったのだ。いやあ、凄いよ。ここには『ヴァーミリオン・サンズ』から『太陽の帝国』(『女たちのやさしさ』は未読)までに培われたイメージのほぼ全てが流れ込んでいる。主人公はどう見たってバラードの願望を反映しているとしか思えないし、この内宇宙の異常な重力は作品空間をブラックホール化していくように物理的に歪ませていく。その歪みを正確にリポートしているように見えるという点でこれはウルトラスーパーハード内宇宙SF=バラードの楽園といっていい。この作品が何の賞も取ってないのは不思議。主人公が16、7歳ということでヤングアダルト小説として紹介したらウケるかも(そんな訳ないか)。この作品で内宇宙が成就したので社会病理三部作へ移行したのか。

 バラード節に酔ったので口直ししようと思い、ジェフリー・フォード『白い果実』に手を出す。山尾悠子の幻惑の言葉遣いを愉しもうと読み始めたのだった。出だしこそ山尾言語らしい訳語が幻想小説味を振り撒いてくれていたのだが、読み進める内にモダン・ファンタジーというかサイエンス・ファンタジーというか、山尾悠子的世界からどんどん離れていってしまうのだった。アイデアと話のおもしろさで引っ張っていくのが分かると今風の面白いファンタジーのひとつという感じで、悪くはないがバラード酔いを抜いてくれるほどではなかった。ちょっと残念。

 田中哲弥を渡されたあと寝床の枕頭に古橋秀之とか上遠野とか電撃文庫の類を積まれてしまい読む気無しのつもりでいたが、桜坂洋『ALL YOU NEED IS KILL』に手を出したら最後まで読んでしまった。悪くないしかわいいし、アイデアも良く生かしているとは思う。ハヤカワ文庫のリアル・フィクションで出したのも結構好きなんだが、一般的なエンターテインメントとしてはやや強度不足の様な気がする。


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