内 輪   第176回

大野万紀


 4月になって新しい仕事が始まり、色々と多忙で本が読めない毎日です。今年はSFセミナーへも参加できない見込みで、おそらくSF大会もパスすることになるでしょう。
 ITmediaを見ていて、「QRIO」、“勉強”に目覚める?という記事に心引かれるものがありました。何しろQRIOが可愛い。こういうのを見せられたら、ロボットにも心があるのでは、何て思っちゃうかも知れませんね。もっと詳しい記事はPCWatchの森山和道さんのレポート森山和道の「ヒトと機械の境界面」でも読めます。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『複雑な世界、単純な法則』 マーク・ブキャナン 草思社
 いわゆる「スモールワールド」についての一般向けの解説書。脳細胞やインターネット、生態系の食物連鎖、疫病の流行、人間関係や経済の動きまで、さまざまな複雑なネットワークに関して一般的に(数学的に)扱える法則が「スモールワールド」だ。世界中の誰とでも、間に6人ほど挟めばつながっているという話があるが、ぼくははじめ、単純にそんなの当たり前だと思っていた。一人に数十人の知り合いがいれば、たちまち世界人口を超えてしまう。でもよく考えたらこれはおかしい。それは現実のネットワークはランダムではないからだ。知り合いといっても強いリンクのあるものと弱いリンクしかないものがいる。本書によれば、強いリンクで緊密につながっているもの(クラスター)と、そこから離れて弱いリンクでぱらぱらとつながっているものがあれば、そこにスモールワールドが生まれる。というわけで、ある意味直感的によくわかる考えではあるが、それが数学的に定式化されると、ネットワークの具体的な内容にかかわらず(ノードやリンクが人だろうとコンピュータだろうと魚やAIDSであろうと)、一般的な法則として成り立ってしまうところにすごさがある。一般向けの解説書なので、わかりやすい実例は多いのだが、数式も出てこないし、突っ込みは足りないように思う。例えばここでのリンクはノード同士の関係を表す線にすぎないのだが、そこに方向性は考えなくていいのだろうか。データベースの設計をしたことのある人なら、データ間の関係が双方向か一方向かによってシステムの設計が大きく変わることがわかるだろう。スモールワールドのようにネットワークのみを考えるときには無視していいのだろうか。ともあれ、とても刺激的な本だった。

『ホミニッド−原人−』 ロバート・J・ソウヤー ハヤカワ文庫
 ヒューゴー賞受賞作なのだけれど、レムだったら未来の文学たるSFに何の貢献もしない凡庸な大衆小説として切って捨てるのだろうな。でも普通にどきどきわくわくして面白く読めるからそれでいいのだ。要するにネアンデルタールから進化した人類が住む並行宇宙の地球があって、そこで量子コンピュータの実験をしていたネアンデルタール人の物理学者がこっちの世界に転送されてしまう。こっちの世界では彼を守って女性遺伝学者や医師が働き、あっちの世界では彼の同僚が殺人の罪をきせられて裁判になってしまう、という話だ。色々と最新の科学用語がでてきたりするが、そこはソウヤー、間違ってもハードSFとして読んではいけない。解説の佐倉さんもそこははっきりと「設定がご都合主義というか破天荒」なので、むしろ気にすることはないと書いている。確かに気にしていては楽しめない。本書の結末もハッピーエンドはいいのだが、並行宇宙間にできてしまうトンネルの描写は、主人公が転移してきた状況と矛盾している。本書のポイントは見かけはごついのに平和主義で非暴力的な社会を築いたネアンデルタールの子孫たちを一方において、われわれの暴力的な文化を相対化することにあるようだ。こっちの世界ではヒロインがいきなりレイプされたりするものなあ。でも続編が『ヒューマン−人類−』と『ハイブリッド−新種−』じゃあ、見え見えのような気もするね。

『UMAハンター馬子 完全版 (1)(2)』 田中啓文 ハヤカワ文庫
 以前に学研で出たが、出版社の都合で中断していたUMAハンター馬子の完結編を含む完全版。いやー、落とすべきところに落として、派手な完結編であります。こうこなくっちゃ。でもイルカちゃんにはもう少し活躍してほしかった気もする。第7話では、ほのかな恋物語もあって、いい感じだったし。じゃりん子チエちゃんみたいなバイタリティもあるのだから、たまには師匠に一発かまして「うちがおらんと師匠はあかんのや」とか言うたったらええねん。そしたら馬子はテツか。違うなあ、おバァはんか。ひとつ疑問があるのだけど、馬子の好物のタコ焼きには、はたしてタコが入っているのだろうか。何しろ魚介類が大嫌いな馬子なのだから。

『オルタード・カーボン』 リチャード・モーガン アスペクト
 ペーパーバック長編に与えられるフィリップ・K・ディック賞の2003年度受賞作。ベストセラーになり、映画化も予定されているとか。これまたレム流にいえば、SFとしての新しさなど何もない小説となるだろう。人格のダウンロードが可能な数百年後の未来を舞台にした、アクション満載のハードボイルド・ミステリである。なお、箱入り上下巻という装丁で、帯には「設定はサイバー・パンク」と中黒つきで書かれているが、訳者後書きでは、正しく「サイバーパンク」となっている。それはともかく、過去のある主人公が、大金持ちの自殺(?)の謎を追うという、わりと暗めのストーリーと、恒星間植民も可能になっている数百年後の未来という設定がミスマッチで、小道具ひとつとっても、超技術と、現代かせいぜい数十年後と思われる設定が混在していて、始めのうち違和感が大きかった。でもまあ、アクションが過激なのと、侵入者をいきなり抹殺する人工知能つきホテルみたいな面白さが次第にきいてきて、けっこう楽しく読み進むことができた。SFとしてもミステリとしても、ポイントは人格のダウンロードというところにあり、その他の未来設定は付け足しといっていいだろう。アイデアそのものはヴァーリイのころからあるわけだが、それをヴァーリイやイーガンのようにSF的に深めるのではなく、ミステリの小道具としてうまく使っている。とりわけ後半から結末にかけての展開は、SFとミステリの融合としてとても良くできているといっていいだろう。


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