内 輪   第159回

大野万紀


 京フェスも終わり、2003年もあと1ヶ月少しとなりました。この歳になると、1年が過ぎ去ってもさほどインパクトはなく、また年が変わるなという感じなのですが、そんな日常の中でも、確実に時は流れているわけで、少しずつ、あるいは急激に変化は生じているのです。政治も経済も社会も、そして世界情勢も……。もちろん、SFもそうでしょう。
 恒例の年間ベストSF(早川書房)を選びました。今年の特徴は国産SFに傑作が多かったことでしょう。ぼくの読んでいない作品にも評判の高いものが多く、ジャンル内、ジャンル外にかかわらずSFやSFとして読める、未来への想像力に富んだ作品が多数書かれたということだと思います。時代の変化の予感が、SFやSF的な作品への期待を呼んでいるのではないでしょうか。
 林譲治さんの『記憶汚染』(ハヤカワ文庫)の解説を書きました。この作品にも未来社会への考察がたっぷり含まれています。ぜひ読んでみてください。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『星海の楽園 上下 知性化の嵐3』 デイヴィッド・ブリン ハヤカワ文庫
 待ちくたびれたよー。でも待たされたかいのある面白さ。いきなり〈E空間〉という〈まぬけ時空〉みたいな世界が出てきて、監視官をしているハリーというチンパンジー(もちろん知性化している)が登場する。彼がとてもいい味を出している。本書では大活躍だ。そして本筋の方では、レンズマンもびっくりという大破壊と大殺戮。ものすごいですねえ。でも何百兆もの知的生命が滅びても、あんまり同情する気がわかないのはなぜでしょう。全てが丸く収まるわけではないが、結末はほのぼのとしていい感じ。まあ、これでは話が終わっていないので、訳者もいっているように、もう少し後日談なりを書いて、すっきりさせてほしいものだ。

『乙女軍曹ピュセル・アン・フラジャーイル』 牧野修 ソノラマ文庫
 えっ? 牧野修が清く正しく聖なる乙女を書く? 未来の宇宙のジャンヌ・ダルクの話。いやもう、そのままなんで、びっくり。神の声を聞いたヒロインが、奇跡を起こし、人類を救う。最後までどんでん返しもなく進むので、予定調和もきわまれり。そういうのがつまらないという人にはつまらないだろうが、これはこれで結構面白い。だって安心感があるものね。しかしだ、神様の正体もわからないまま話が終わってしまう(というか、これはやっぱり本当の神様なのかね)。しかし、この神様が話すときに、どうしても作者の顔が浮かんでしまうのが困った。主人公に託宣を与えた後、こっちを向いて「なぁお前、天国ちゅうとこはなぁ〜、そんな甘いもんやおまへんのやで」とか言い出しそうな雰囲気。

『陋巷に在り10/命の巻』 酒見賢一 新潮文庫
 このシリーズに出てくる女性はみんなかっこいい。本書では、孔子の母である顔徴在の若い頃の話が、太長老の思い出として、に語られる。歌がうまく踊りが得意で、武術にもすぐれ、伝統やしきたりを無視し、神と通じ、自分の意志をもった女性。かっこいい。一方、男たちはどうもさえないなあ。ここにきて舞台はこちらの世界に戻り、悪者たちがまた動き始めた。さて、どうなることか。

『神は沈黙せず』 山本弘 角川書店
 力作だ。半分ノンフィクションのように、近未来を舞台にして超常現象を真剣に考察している。小説としてはバランスの悪いところがあり、登場人物は何人か出てくるが、パターンが決まっていて、同一人物が別の顔をしてディベートしているようにも思える(ただし、超常現象研究家の大和田老人はとても魅力的に描かれている)。しかし、本作のポイントはそういうところにはないだろう。と学会会長としての著者の超常現象に関する知識が、科学と衝突するところ、そこにひとつの解釈を明快に下したところが面白いのだ。ノンフィクション的な内容がどこまで事実に基づいたものなのか、ぼくには判断できないが、いかにもありそうに思えるのが良い。テーマ自体は昔からありふれたものだし、科学的な側面にしても、まさに同じアイデアを扱ったバクスターのエッセイがある。本書のテーマに興味があれば、イーガンの「ワンの絨毯」や小林泰三の「予め決定されている明日」、テッド・チャンの「地獄とは神の不在なり」も読んでみればいい。もちろん本書がそれらの作品と直接関係があるというのではない。最も大きな違いは、超常現象の解釈にこそ本書の最大の力点があるということだ。SF的なスペキュレーションというよりも、(特に後半では)まさしくトンデモな話になっていくのだが、著者はそのバランスに苦心しているように思える。それはおそらく、ありそうもない超常現象を体験した人が、みんな嘘をついたり幻覚を見たわけではなく、とりあえず「信じられないが本当らしい」と分類せざるを得ないものがあるということなのだろう。もっとも本当に合理的な解釈をする余地はないのか、とも思うのだが。

『ゴブリン娘と魔法の杖 魔法の国ザンス15』 ピアズ・アンソニイ ハヤカワ文庫
 谷山浩子の解説が話題を呼んでいるが、この解説は正解だと思う。だってその通りだもの。シリーズを全部読んでいてもその通りだ。ディズニーアニメ風の絵でちょっとエッチな、というかホンワカとエッチなお話をやっているという感じ。下品にならないよう苦労しているのだが、根がイヤらしい(まあ、アンソニイはポルノSFも書いているからね)。なにしろ〈大人の陰謀〉がテーマのひとつで、原題なんてThe Colour of Her Pantiesだもの。本書はもう女性ばかりが出てくる。裸のグラマー美女から哀れを誘う〈マッチ売りの少女〉まで。ストーリーはあいかわらず、パーティであっちへ行ったりこっちへ来たり、いわゆるRPGの「おつかいクエスト」が繰り返される。でも面白いからそれでいいのだ。


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