続・サンタロガ・バリア  (第18回)
津田文夫


 アルバイトの女の子にバンプ・オブ・チキンをワンセット貸したら、これを聴いてくださいとニュートラルフリークス/FREEKSというインディーズ・バンドを貸してくれた。フルやらミニ・アルバムやらシングルをいっぱい貸してくれて延べ4時間くらい聴いた。ストレート過ぎてオジサンにはつらいが、ライヴはまあ聴ける。しかしスタジオ盤はバンドのバランスが悪い。プロデュースの有無は結構違いがあるもんだ。ところが、プロデュースされればよくなるかというとそうとは限らなくて、ニュートラルは途中でマイナーレーベルのプロデュースになって、バンドの弱点は克服されたけど初期の魅力は失われている。彼女の最近のお気に入りはHYとかいうの、その方面ではすでに超有名らしいけど知らないよね。

 ベンヤミン『パッサージュ論』第1巻を読んでたら、1868年刊の書籍からのこんな引用文が・・・
「都心で働く何十万の家族が、晩は、都のはずれで就寝する。その動きは潮汐に似る。朝、民衆がパリに押し寄せて、夕方にはその同じ民衆の波が引いてゆくのが見られる。」明治維新の頃にはパリはもうこんな状態だったらしい。そしてこう続く「悲しい図である。……人類が民衆にとってこんなに情けない眺めに立ち会うのは初めてである。……(……も引用文中にある)」こういう思考はもはや誰も口に出さなくなったが、そう感じる感性は20世紀半ばまであったように思う。ホラ、キンクスが歌ってたでしょ「ウォータールー・サンセット」で。って、違うか。

 米田淳一『エスコート・エンジェル』『ホロウ・ボディ』『フリー・フライヤー』『グリッド・クラッカーズ』『ハリアー・バトルフリート』を読む。他に読むべきものがいっぱいあろうに何故にそんなものを、といわれそうだが、まあ、気が向いたということか。昔、大森望のオビ句につきあって読んだ『プリンセズ・プラスティック』は空回りしたパワーでいっぱいの物語だったような気がしていた。その後全く気にしていなかったのだけれどハヤカワが5冊も出すならそれなりに読めるものになったのかと思ったわけだ。いやあ、変わってなかったなあ。超能力絶対零度を知らない東丈だね。編集者はちゃんと作家にアドバイスした方がいいんじゃなかろうか。
 『エスコート・エンジェル』で、まだ少女の王女に向かって「妃殿下」と呼びかけるのは何か意図があるのだろうか。作品全体で強調される22世紀は作者/読者にとって何の意味があるのか。比較対象が20世紀ばかり、21世紀はなかったのか。主要登場人物が作者の分身(まさに「魂のかけら」だな)なのは仕方ないこととして、ちょっと素朴すぎないか。と、疑問は募るばかりだったが、ヒロインや敵役の少女に対する作者の思い入れはタップリと伝わってくるので、駄作とかいうものとはちょっと違うようだ。作者が読者を騙すことをキッチリ自覚したら面白いキャラクター小説が書けるかも(いまのままではムリかなぁ)。

 米田淳一/シファの物語の途中でイーガン『しあわせの理由』に浮気する。見通しがいいなあ。新鮮さや衝撃といったものについては第1短編集ほど感じないが、未読のものはどれも面白い。フツーにSFしている「闇の中へ」「ボーダー・ガード」が楽しいし、過剰な期待をしなければ、ホラー/サスペンス/スラップ・スティックとイーガンの幅広いテイスト(題材は医療系が多い)が揃っているので、意外とエンターテインメントな作品もよく書ける作家であることが分かる。表題作をこの短編集で初めて読んでいたらどういう印象だったのだろうと思う。ハードSFな思考が文学的感興を醸し出すという点で図抜けている。

 ハヤカワJコレ 紺野あきちか『フィニイ128のひみつ』は、よく生活できるなという点を除けば、SFでもファンタジイでもなさそうな話。実写で撮ったらかなりオカシイ作品になりそう。ロールプレイング・ゲームの中身をどう伝えるかは大変だろうが。最後まで宙づり状態だから別の結末が必要かな。新鮮といえば新鮮。作家のパワーはこの作品からでは判断できない。

 もうひとつの田中啓文『忘却の船に流れは光』は、筒井康隆と夢枕獏と山田正紀がいっぺんに生き返ったかと不謹慎なことを思わせる作品で、古い革袋が妙に初々しく感じられる奇態なシロモノ。あとがきの「SF作家になった」という自負はまんざらでもないようだ。この作者にしてこのタイトルなのでまったく予想もしてなかったタイトルまんまの話を読まされた。まあ「流れは光」は中身に比べればきれい過ぎかな。リミックスという言い方もあるだろうが、SFはSFの上(上下左右か)につくられると云う方が似合っている。田中啓文も自分のつくり出したキャラをこれでもかとイジメるのが好きだなあ。小林泰三にも感じたけれど、この作家も血も涙もないヤツに違いない。


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