内 輪   第151回

大野万紀


 とうとう戦争が始まった。色々と思うところはあるけれど、ぼくは軍事オタクではないな、ということを確認。しかし、この戦争は、何戦争というのだろう。イラク戦争? 第二次湾岸戦争? 今のところまだ決まった呼び方はないようだが、新聞などではイラク戦争と書いているところが多いようだ。とにかく早く終結してほしい。これは本当にそう思う。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『黄泉がえり』 梶尾真治 新潮文庫
 草g剛主演の映画で話題の『黄泉がえり』を読む。映画は見ていません。違うとは聞いていたが、確かにこれは映画とは別の話のようだ。そしてしっかりとSFだ。死者が蘇るが、ゾンビやなんかとは違って、ホラーではなく、家族や恋人との再会がテーマとなっている。死者の蘇りとはいかにも非日常的な現象だが、それを日常性の中に投げ込んでシミュレーションすることにより、まさに小松左京的、SF的にリアルな物語にしている。それも熊本という地方都市を舞台にすることで、さらに小説的なリアリティが濃密となっているのだ。マーチンという女性歌手と、優一という天才少年の描き方は、いくぶんそのパターンを破って、エモーショナルかつSF的(あるいはファンタジー的)な魅力を発揮しており、読み応えがある。

『導きの星 III 災いの空』 小川一水 ハルキ文庫
 異星人の文明を背後から見守り導こうとする地球人、辻本司と彼をサポートする〈パーパソイド〉の3人。彼らが見守るオセアノ文明はとうとう工業化を果たし、大空を目指し始めた。そして高度な兵器の開発。ついには核兵器まで……。という話だが、ここへ来て大きな転回点を迎える。地球人側の様々な問題が明確になり、さらに銀河全体に関わる謎が現れ、辻本たちも単に隠れて見守る姿勢から、積極的に表へ出て行くことになる。これで物語の根本テーマが変わってしまったのだが、ある意味わかりやすくなったといえるのではないか。当初のテーマでは制限が厳しすぎて、深い物語にはなり得ても、エンターテインメントとしての発展は難しかったと思う。これで、どんな方向にでも発展しうるぞ。さて、これからどう進むことだろう。

『モンスター・ドライヴイン』 ジョー・R・ランズデール 創元SF文庫
 ドライブインが突然どろどろの黒い壁に包まれ、観客たちが閉じこめられてしまった。やがて食糧が尽き、ぼくたちは壮絶なサバイバルの戦場に残されることになる。そして奇怪なポップコーン・キングが現れ、B級ホラー映画そのままなスプラッター・シーンが繰り広げられる……。という話なんだが、まったくそれだけの話だなあ。薄い本なのに、ずいぶん長い話だと思えてしまう。ドタバタ青春ホラーと帯にはあるが、すごく気の滅入るダウナーな話で、ドタバタも青春も黒いどろどろに埋もれてしまっているようだ。著名なミステリ作家によるカルト的作品らしいが、ぼくの好みではなかった。

『ゲートキーパー 上』 草上仁 ソノラマ文庫
〈スター・ハンドラー〉シリーズの第3作。上下巻で上が出たのが去年の11月30日。下はまだ出ていない。下が出るまで待つつもりだったが、読んでしまった。失敗。やっぱり下が出るのを待って一気に読むべきだった。だって、続きがどうなるのか、これからすごいことが始まるに違いないところで、下巻に続くなんだもの。たくさんの登場人物が現れ、視点がどんどん変わる。しかし、いずれも過去の2作で登場した個性的な連中ばかりなので、混乱はなく、面白さの期待が高まる。今回のスター・ハンドラーたちの使命は「太古から発信され続けている正体不明の星間電波源を馴致しろ」というわけのわからないもの。で、上巻で道具立てがそろい、登場人物たちの思惑がやたらと交錯し、そしていよいよ舞台の幕が切って落とされ……さて、どうなるんでしょうねー。早く下巻が読みたい。

『異形家の食卓』 田中啓文 集英社文庫
 2000年10月に出た短編集の文庫版。駄洒落とグロテスクが作者の持ち味、ということになって本当にそれでいいのだろうか、とちょっと思ってしまうが、例えば本書のグロさ、えぐさというのはもう芸の域だから、とりあえずはそれでOKなのだろう。ただ、駄洒落はちょっと考えすぎ。逆から読まないとわからない駄洒落なんてねえ。それはともかく、一度読んだ作品が多いのだが、読み返してもこのグロパワーはすごい。筒井の「最高級有機質肥料」では、汚物が美食家の口調でおいしそうに描かれるが、本書では汚いものはとことん汚い。傑作「新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け」を例外として、登場人物はえぐい食材をとても気持ち悪く食べる。ちっともおいしそうじゃない。それはストイックといっていいぐらいだ。クトゥルー神話ものとSFが半々くらいか。「オヤジノウミ」はグロさもずば抜けているが、クトゥルーものとしても良くできている。

『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』 森川嘉一郎 幻冬社
 電気街からオタクの街に変貌した秋葉原を建築学の方から考察した論考であり、同時にオタク論でもある。ここのところオタク関係の評論をいくつか読んだが、その中で一番わかりやすかった。何より、秋葉原という具体的な街の具体的な現象を論じているということが大きく、オタクを扱った章でも、頭で考えるだけでなく、数字を出しての調査がされていることが説得力を生んでいるということだろう。未来の喪失がオタクを生んだという論が面白い。SFファンの立場からすると違う気もするのだが、今のオタクはまさにそういうものなのかも知れない。しかし年に1度くらいしか秋葉原へ行かないぼくの頭の中では、秋葉原はいまだに電気の街、パソコン周辺機器とパーツの街だ。大原まり子の主人公がアキノハーバラを駆け回る時、それは屋台でおっさんが謎のチップを売っている活気に満ちたパーツ屋街のイメージだ。オタクの街にそういう泥臭い活気やイメージの広がりを求めることができるのだろうか。

『XI ノウェム』 古橋秀之 電撃文庫
 『サムライ・レンズマン』の古橋秀之の新作は、なんと武侠小説。しかし、このタイトルは何? 9でノウェム(Novem)とラテン語できますか。主人公の一人、謎めいた生い立ちの少年(「ドラゴンボール」の悟空みたいなやつ)が九郎という名前なので、その関係だろうか。金庸に影響されたと後書きにあるが、まったくそんな感じ(特に前半。ぼくも金庸は何冊か読んでいます)。しかし、超絶的な武術の達人たちがぶっとんだアクションを見せるだけではなく、後半、どうやら怪しげな(SF?オカルト?)世界が現れてくる。前半が体育会系な爽やかさにあふれているので、そのコントラストが面白い。伏線張りまくりで続く、なのだが、続きはいつ出るの?

『家に棲むもの』 小林泰三 角川ホラー文庫
 ホラー系の短編集で、確かにホラーというか不気味な話ばかりなのだが、実は超自然的なホラーというより、猟奇ミステリや心理サスペンスの要素が強いようだ。トリックを駆使した作品もあって、ミステリ作家としての小林泰三の面が出ている。でもやっぱり「変」。合理的な解決より、変さを強調するものばかりだ。表題作が代表的で、本書でも一番面白く読めたが、これもまためちゃくちゃ変な話で、ありえねーと思うが、でも読んでいるうちは、おおっと感心することになる。それにしても作者はどろどろねちゃねちゃなものがよほど好きなんかねえ。

『アリス』 中井拓志 角川ホラー文庫
 ホラー文庫だが、これは完全にSF。シチュエーション的にはよくあるパターンで、超絶的な能力を持つ美少女が国家的な秘密施設に閉じこめられており、彼女の能力が解放されて大パニックが起こるというやつ。で、本書のアリスも美少女なのだけれど、さすがにこの子に「萌える」やつは少なかろう。人間的な心を全く持たず、まさに異次元(9.7次元!)の世界に生きている異種の知的生命体としかいえないのだから。登場人物はわりと類型的だが、中で主人公に近い(本書では複数の主要人物の視点が交互に描かれるので、誰が主人公かというのは明確でない)調子のいい楽天家の医師がいい味を出している。パニックの描写やサスペンスの高まりは良く書けているが、アリスの正体がはっきりしてからの展開にはやや冗長なところがある。半ばと終盤で会話により延々と事態に関する科学的議論が繰り広げられ、通常はこういうのは小説としての欠点なのだろうが、SFらしくて大好きだ。ただし議論の内容には納得できないところもある(数式が1次元とか)。『バベル17』やテッド・チャンのSFと同じく、言語と意識と世界認識をテーマにした本格SFであり、人の世界認識がシリアル(1次元)であるところへ、フラクタル次元の認識をぶつけたらどうなるか、という(まあ現実にはどうもならないと思うのだが)スペキュレーションを展開した、本格SFである。


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