内 輪   第136回

大野万紀


 2001年ももう終わり。2001年が過去になろうとする時に、今いるわけなんですねー。忙しい忙しいといっているわりに本を読んでいるのは、中編文庫が多かったからかな。ハリポタは一気読みだし。
 今やっているゲームはPS2の「ico」。謎解き中心の一種のアクションゲームだけど、雰囲気がものすごくいいのです。でも後から後から湧いて出る影との戦いは、おじさんにはとてもきつい。ノーヒントの謎解きは面白いのだけれど。なかなかおすすめのゲームです。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『呪禁官』 牧野修 祥伝社NON NOVEL
 オカルトと科学が共存する世界。呪禁官とは違法な呪的行為を取り締まるエージェントだ。主人公はその呪禁官になるため、専門の養成学校で学んでいる少年。本書はわりと普通の(友情やなんかが中心の)学園ものとしての体裁をもっており、そのためか、牧野修の小説にしてはどろどろさが少なく大人しい印象がある。なるほど、牧野修のハリー・ポッターなのかも知れない。でもやっぱり首は飛ぶは腕はもげるは、血みどろにはなるのだけれど。オカルトと科学の対比はそれほど突っ込んだものではなく、よく考えると無理なところが目立つ。テロリストの科学者たちの役割がよくわからないし。ロボットは化け物に勝てるのだろうか。『知の欺瞞』騒ぎを思わすエピソードも書かれていて、面白かった。

『アイ・アム』 菅浩江 祥伝社400円文庫
 これは傑作だ。近未来の介護ロボットの意識をめぐる話だが、ロボットの魂といった問題を頭で考えるというより、病院のリアルな生と死の存在する場において、ストレートで生な行動の問題として捉えている。私はだれ? という疑問はSF読みならすぐに想像できてしまうが、それは大きな問題ではない。本当にストレートに、真っ正面から人間の尊厳とは何か、生きることにどのような意味があるかということを(こんな短い枚数で)描いたSFなのである。他者の意識とは結局チューリングテストでしか判断できないものだという議論があるが、では痴呆の老人は、植物状態の病人は、チューリングテストがまともにできないから人間ではないのか? もちろんそんなはずはなく、人間とは身近な他者との関係性や本人の過去(あるいは未来の可能性)も含めた時空連続体として捉えるべきだとの主張がここにはある。さらに、単なる人間中心的ヒューマニズムの視点にとどまらず、物語の後半で出てきた、人間以外の意識への言及も含め、より拡大した視点が提示されている。京フェスのロボットに関する講演でもあったが、他者の認識、他者への共感がまさに自己認識のかなめなのである。優しさ、愛、共感、といった側面から読むのもいいだろう。だが死や悲しみもここには包含されている。心をもつ相手へのまなざしこそが、本書の最大の読みどころだろう。

『星の国のアリス』 田中啓文 祥伝社400円文庫
 400円文庫は中編だからすぐ読める。田中啓文らしからぬ可愛らしいタイトルだが、やっぱり田中啓文だった。宇宙船の中に吸血鬼が現れた。ホラーというより、SFミステリのシチュエーションである。ミステリとしてのトリックもちゃんとあるし、それにSFがしっかりからんでいる。でもな、読んだ感想はやっぱりそういうことより、田中啓文であることよ、なのな。とにかく描写が汚い。汚物小説なのか。せっかく可愛い少女を登場させているのに、こんなことでいいのか。うーん。ま、いいか。でも著者はちょっと自分のキャラクターを作りすぎじゃないのかという気がする。もっと作風を変えてみてもいいんじゃないだろうか。

『ハリー・ポッターと賢者の石』 J・K・ローリング 静山社
 人気のハリー・ポッターを読み始める。なるほど、確かに面白い。主人公に力があるし、子どもたちがとてもいい(ただしとても類型的)。でも人間界と魔法界の関係がもうひとつよくわからないなあ。なんでこんな一家にあずけられないといけないのか。魔法界は人間界とは別にあるのか、共存しているのか。作者は全体を構想した後で書き上げたという話だから、続きで詳しい設定が明らかになるのだろうか。それともそういう世界設定を気にするのはSF者だけ? ファンタジーだけど、もう一つの日常性(それはこちらの世界の学園とほぼ変わらない)をとても重視しているので、確かに科学の変わりに魔法があったり学校の教科が魔法だったりするような、アンノウン型ファンタジーに近い(あるいはそのもの?)なのかも知れない。そういう意味でもとっつきやすさはあるのだが、この発音しにくい名前の羅列はおじさんの硬くなった頭にはきついなー。

『ハリー・ポッターと秘密の部屋』 J・K・ローリング 静山社
 2巻目はちょっと小説的には落ちる気がする。でもキャラクター的には面白く、ミステリ要素もあるので、シリーズものの2巻目としては悪くはないだろう。ハリーたちが重大なことを自分たちだけで解決しようとして、困ったことになるのは、非日常な冒険ファンタジーとしてなら許されるが、一方でディテールに凝った日常性重視の作品としては問題だろう。時々みんながすごくバカになるのも困ったもんだ。子どもだからいいのか? お笑いキャラクタの先生の扱いがちょっと気になる。おいおい、それでいいのか。それってひどいんじゃないのかねえ。

『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』 J・K・ローリング 静山社
 うーん、これはちょっと謎だ。登場人物の行動が謎すぎる。これじゃ、何も解決していないし、それでいいのか校長先生? クイディッチ試合の描写がえんえんと続くが、力が入っていて大変面白い。何たって学園ものだし(テーマは友情!)。でも面白いことは面白いのだが、本筋とは関係ないし、物語としての全体のバランスを崩しているように思う。もっとも、バランスのとれた職人的な小説がいつも素晴らしいとも限らないわけで、そういう素人っぽいところに魅力があるのかも知れない。みんなが自分勝手にバカなことをして困ったことになるのも、もはやパターンの世界。もしかして、最後のトリックがSFとして評価されたのか?>ローカス賞(これは勘違い。ローカス賞のファンタジー部門だった)。小説としては1巻目が一番よかったように思う。でもまあ、子どもたちがみんな熱心に読んでいるし、面白くて楽しく読める物語なのには違いないのだ。

『変革への序章(上)(下)』 ディヴィッド・ブリン ハヤカワ文庫
 〈知性化〉シリーズの最新作で、長大な三部作〈知性化の嵐〉の第一部。とにかく長いし、話は一段落どころか、読み終えたところでやっと始まったという感じ。では退屈でつまらなかったかというと、とんでもない。すごく面白くて、どんどんページをめくらせる。早く続きが読みたい! できれば、これだけもったいぶらずに、もっとスピーディに展開して欲しかったところだが、でも枝葉の部分もそれぞれみんな面白いからなあ。仕方がないか。ヒトや異星人たちの何種類かの視点人物によって並行して物語りが語られていて、それらが収束し、これからようやく巨大な物語が語られるところで終わっている。このヒトや異星人がみな個性的で楽しい。特にSFファンのフーンの若者アルヴィンがいい。

『テレビゲーム文化論』 桝山寛 講談社現代新書
 テレビゲームの歴史から現在、そして未来を真面目に論ずるというところで興味深く読んだのだが、わりとありきたりな印象で、とりわけ目新しい発見も発想も見られなかった。とはいえ、過不足なくちゃんと真面目にまとめてあるとは思う。ゲームというものに対する著者自らの主体的な関わりが(特にこの著者の場合)しっかりとあるはずなのに、そこがあまり描かれていないのが残念なところだ。でも、インタラクティブ・メディアとしてのテレビゲームの未来が自立したロボットにあるという発想は面白い。

『戦略拠点32098 楽園』 長谷敏司 スニーカー文庫
 第6回スニーカー大賞金賞受賞作。ということで手に取ってみたのだが。作者はずいぶん若い人なのだねえ。宇宙戦争の戦場のさなかに、まるで楽園のような牧歌的な惑星がある。そこには宇宙戦艦の残骸が柱のように草原に突き立ち、一人の天真爛漫な少女が、一人のロボット兵と共に住んでいた。そこへ不時着した敵側の降下兵が彼女たちと暮らす内に知った事実は……。ということで、ずいぶんとセンチメンタルなというか、ロマンティックなお話である。だけど、短編ならともかく、この長さを(といってもずいぶん短いが)もたせられる話ではないわなあ。メインのアイデアがナイーブすぎて、とうてい読者を納得させられるものではないのだ。イメージだけが先走っているようで、それだけでOKの人にはこれでいいのかも知れないが。まあこれが出発点というなら、悪くはないが、物語のイメージと作者の内面が近すぎる感じがちょっと心配である。もっと作品をいったん突き放し、自分の外におかないことには、二作目がつらい気がする。

『鏡の中は日曜日』 殊能将之 講談社ノベルス
 『黒い仏』の続編が出た。あれの続編がいったいどうなったか、すごく気になるじゃないですか。で、さっそく読んで見たのだが、うーん、同じ名探偵が登場するのだが、あれの続編じゃなかった。やれやれ、ほっとしたというか、ちょっと気が抜けた感じ。つまり、本書は普通の本格ミステリ(普通の、というのがどういうのか、ちょっと素直ではないのだが)になっているのだ。普通の探偵もので、前作のような、今後もちゃんと続きが出せるんだろうかと悩むような話ではない。一度世界をぶっこわしておきながら……という気がしないでもないが、まああっちを突き進めてもあんまり嬉しくないかも知れないし。普通のミステリとして見た時、どうなのかというと、そこはぼくはあんまり詳しくないから……といいつつ、何かこの名探偵という人のペダンティックな推理にはついていけないように思う(きっと作者も同様なのではないだろうか)。でもこの名探偵はとても好きですよ。

『遺産の箱船』 谷口裕貴 徳間デュアル文庫
 SF新人賞を受賞した作者の受賞第一作は、大崩壊後の世界で、美術館の学芸員が権力を持って世界の文化財を収集しようとする話。なのだろうか? 図書館が権力を持つSFもあるのだから、美術館の学芸員が権力を持ってもいいとは思うが、大崩壊後の世界でモネの「睡蓮」の争奪が何より重要というのも、本当なのだろうか? そのあたりの説得力があまりあるとは思えない。謎あり、アクションあり、ドラマありということなのだが、冒険SFとしてもうひとひねりあれば面白いものになったと思える。ただ、それは長さの問題ではなく、アイデアの問題だと思われる。デュアル・ノヴェラという中編のシリーズだが、短いとは感じなかった。

『ザリガニマン』 北野勇作 徳間デュアル文庫
 SF大賞を『かめくん』で受賞した北野勇作の作品。タイトルといい、表紙絵といい、特撮戦隊もののパロディか、少なくともそんな雰囲気のある作品と思われるだろうが、そう思って読むと肩すかしを食わされる。むしろ『かめくん』や『昔、火星のあった場所』、『クラゲの海に浮かぶ舟』と同系列の、ということは著者のこれまでの作品は実はみんな一つの大きな作品の断片だったのかと思われるのだが、そういう作品である。町工場SFであり、若いブルーカラーの日常であり、どこか崩壊した夢のような世界であり、バイオエンジニアリングや量子力学やバーチャルリアリティによる現実のゆらぎであり、遠いところの戦争であり、そして震災前の神戸や学生下宿の並ぶ東三国や北大阪の雰囲気であり、とてもなつかしい切ない、それでいてどこか醒めた印象のある作品なのである。誰にでもすすめられるという話ではないが、それにすごい傑作といったものでもないのだが、ぼくには大切な思いをもたらしてくれる小品だった。


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